見よ、世界は今日も変わり続ける

4/7
前へ
/7ページ
次へ
「まさか!」とサイモンが叫んだ。 「本当ですよ。彼があまり自分のことを話さないのは自分はそんな価値は無いと思っているからよ。候補生として入ってきた彼は劣等生と言っても良いぐらい不出来な生徒でした。最初の発表では彼一人の為に全てが止まって進行が遅れたほどです」 「信じられない……」とサイモンが呟いた。確かに信じられない。なんでも演じることの出来るケンジにそんな不出来な時代があったとは。 「皆、ケンジを入れることは考えられないと言ったわ。推薦したのは私一人だけだった」 「……でもケンジは合格し、候補生になった」とジェームズが言った。 「ええ。私は引き下がらなかった。皆、折れたわ。あの時あったのはとてつもない勝利だった。けれどケンジは入学してすぐカルチャーショックを受けて行き詰まってしまった。私は厳しく指導したわ……出て行けと言ったこともある……私はケンジを信じていた。そのこと全てを私は誇りに思っている」  そう話す時、そこにジョーンズは居なかった。劣等生ケンジを相手に教える当時のジョーンズの顔をしていた。まるで彼女の周りだけ時間が逆行してしまったようだった。 「……最終オーディションでケンジを選んだ理由は何だったんですか?」  ジョーンズ校長のハシバミ色の目が遠くの眩しさに目を細めるように、懐かしげな目に変わった。 「……最終オーディションは私と一昨年まで副校長を勤めたアーサー・ディクスン、当時音楽講師、振り付け指導、発声指導を勤めた講師三人の五人で行ったの。最終オーディションは実技と、五人グループでのディスカッションーーーテーブル、椅子、ワイン、栓抜き、小型スピーカーだけで何を、どれだけ演じられるかを提案させる課題だった。ケンジは今でこそ王立演劇学校で鍛えられたけど当時は超、がつくほど歌もダンスも下手くそで、そのディスカッションが最後の綱だった」  二つもボイスレコーダーを起動させてジェームズもサイモンも唾を呑み込む音すら立てずに拝聴した。これは歴史の一歩と言える。もしこの時"劣等生"ケンジが持っていた何かが無ければジョーンズ講師の心を引きつけることは出来ず、俳優ケンジ・マエダは存在しなくなり、『私には貴方がある』『幻虎伝』『ワン・ペン、ワン・ブック』は生まれなかったのだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加