強制勇者アイアン

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「あなたに勇者の称号を授けましょう」 「嫌です」  そのまま通りすぎる俺に、その人物はなおも声をかけてくる。 「まあ、そう言わずに」 「結構です」 「勇者ですよ?」 「間に合ってます」 「今ならダイナミックキャンペーン中につき、勇者の三種の神器をおつけします」 「いりませんって」  (ちまた)では「魔王」なる者が現れて、なんだか大変なことになっているらしいのだが、だからといって俺には関係がない。  魔王とやらが城の建設のために人員を掻き集めていようとも、食料確保のために広く農民を募集していようと、はっきりいってどうだっていいのだ。 「強情な人ですねえ。こうなったら出血大サービス! 魔女テリーヌちゃんのサイン色紙もつけちゃいます!」 「興味ないですから」  目もくれずに俺は歩きつづける。  魔女テリーヌとは、高名な魔法使いの孫娘とかで、最近人気急上昇中のアイドル魔女である。  魔女がなぜアイドルなのか、  そんなことを俺に訊かないでほしい。  世間がそう言っているのだからそうなんだろうし、そんな存在を容認するぐらい、皆ヒマだということだろう。平和で結構。  そのテリーヌとやらがどれだけ可愛いのかは知らないが、俺の好みではない。――いや、顔見たことねーけど。 「ねえ、ちょっとあなた」 「しつこい!」  はじめに声をかけられてから、ここまで距離にして約三百メートル。  同じ速度で張り付いてきていた「勇者勧誘係」に対して、ついに振り返ってしまった。奴は是幸いとばかりに揉み手で近づき、手の中のチラシを押しつけてくる。 「これが同意書になります。ここに拇印を」 「いや、だから」 「ああ、大丈夫です。必要書類はこちらでもう用意してますから」 「って、ちょっと待て。なんでもう名前が書いてあるんだよっ」  その紙にはすでに、住所年齢名前が完璧に記載されていた。  書いた覚えもないのに長所の欄には、「根気だけは誰にも負けません」などと、面接に赴く好青年のような言葉までもが添えてある。 「いいかんじでしょう? これならきっと、王様の御眼鏡に適いますよ」 「人の履歴を勝手に偽造してんじゃねえ!」 「勇者、アイアン・アーファング。素敵じゃないですか」 「勝手に決めるな。第一なんで俺なんだ!」 「住民一覧で一番上に貴方の名前が」 「それだけかー!!」  こうして彼は、勇者という職を背負うはめになったという。
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