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どかどか、どんどん。
学もなければ資格もない、若いやつらのようにパソコンもろくに使えない(電源くらいは入れられるが、キーボードを指一本で押してるあたりでお察しだ)みたいなおっさんにも、時給千円の仕事が見つかった。きっと、十分有難い話ではあるのだろう。俺に関していえば、コミュニケーションスキルも壊滅している自覚があるので、少々不安ではあったのだけれど。
その仕事というのは、いわゆるアパートの管理人というやつだった。紹介所のおばちゃんがこそっと教えてくれたが、このテの仕事はどちらかというと中高年向きに取ってあるものらしい。名目上は年齢制限ナシとはなっているが、他の仕事でもできそうな若い人は非推奨になってたりするそうだ。ある意味有難いと言えば有難い。なんせ最近の仕事といったら、力仕事などの一部を除けばどこもかしこもパソコンスキル必須ときている。もしくは接客業で使えそうなコミュニケーション能力。悲しいことにどちらも俺には欠けている。腰もあまりよくないので、力仕事も遠慮したい。たまたまこの仕事を残しておいてもらえて本当に良かったと思ったものだ。
茶色の塗装があちこちハゲかかったアパート“ひより荘”は、築ウン十年のそりゃあもう年季の入った建物であった。
規模も非常に小さい。二階建てで、一~七号室までの合計十四部屋しかないのだ。管理人室はそこに含まれておらず、裏手の小屋みたいなところとなっている。条件は一つ。そこで勤務日は寝泊りしつつ(風呂やトイレはついているので)、緊急時には即座に本部に連絡を回すこと。全ての部屋と管理人室の電話は内線で繋がっている。俺の仕事は、住人達のクレームや要望を聞いて毎日日誌をつけ、日に二回の見回りをし、俺で対応できない件をすべて管理会社の方に報告するというだけである。
でもって、実際住人に会って話をすることはそう多くはない。精々見回りの時に住人に会って会釈をすることがあるくらいだ。大概のことは電話で済むし、俺で直接対応できることなどたかが知れていると住人もよくわかっているからなのだろう。そこまできつい文句を言ってくる人間もそうそういない。――約一人を除いては、だが。
そう、一人だけ面倒な女が住んでいるのだ。107号室の、藤本サヨというおばあちゃんである。
『ああ、管理人さん?私、もう何回も同じことを言っているんだけど、いつになったら対応して貰えるのかしら』
どうにも夫に先立たれて現在アパートに一人暮らし、らしい。まあ本当に夫がリアルに存在したのかはわからない。なんというか、ちょっと妄言・妄想が疑われるようなおばあちゃんだったからだ。一回内線電話がかかってくるとそりゃあもう長い。長いったら長い。最低二十分は捕まることを覚悟しなければいけない(それでもこれも仕事なので、電話に出ないわけにはいかないのだが)。本当か嘘かわからないことを、とにかく延々と語ってくれる困った人なのである。内線は一本しか回線がないので、それでふさがっていると会社からの電話も他の人の内線も繋げなくなるため、本当にやめてほしいのだけれど。
で、その藤本さんが繰り返し言ってくる内容の一つが――上の階の人がうるさくて困っているから、早いところ対応して欲しいという内容なのである。
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