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「……?」
やっぱりそうだ、と俺は思う。207号室の前はしん、と静まり返っている。ついている灯りは、ドア前の自動点灯の灯りだけだ。やはり住人は帰ってきていないらしい。プレートには“橋口”の文字。あの様子だと、恐らく若い女性の一人暮らしなのだろう。一応廊下側のあ窓も確認してみよう、と思って――俺は気づいた。
このアパートに雨戸なるものがついているのは、あくまでアパートの裏手側のみ。表側、つまり廊下側の窓(ワンルームなので、構造からするとキッチンのあたりについている窓ということになる)には網戸はあっても雨戸なんてものはないのだ。本来ならば、見れば曇りガラスごしにうっすら中が見えるはずなのである。だが。
それが一切、見えない。暗いのではない――茶色の“板”しか映らないのだ。つまり、内側から板のようなものが打ち付けてあるのである。まるで、中を一切見せたくないというように。
――な、なんだこりゃ……。
少し、背筋に冷たいものを感じた。俺はもう一度玄関に回ってみて、もう一つ気持ち悪い事実に気づいてしまうことになる。
今まで、しっかりドアを確認したことがなかったので気がついていなかった。ドアポストが――外側からガムテープで、ぴっちりと封鎖されているのである。まるで此処に絶対に手紙を入れられたくない、とでも言うようにそれは念入りに。
それだけではない。ドアと殆ど同じ色の茶色のガムテープなので今まで見えていなかったが。――ドアそのものが、明らかに目張りされているのである。外側からそれはもう丁寧に、ドアの隙間をぴっちりと埋めるように。
そう、“外側から”だ。
どう見ても、中に人が入れるような状態には、見えない。
そして中の人間が、内側からできることでも、ない。
――お、おいおい。嘘だろ。
俺は、確信した。この部屋には今誰も住んでいない。むしろ住めるはずがない。一体誰が、なんのためにこんなことをしたのだろう。まるで封印でもされているようではないか。管理会社からは何も聞いていない。名簿の上では、確かに橋口亜希子という女性が住んでいることになっているはずなのに――。
勿論名簿の名前の消し忘れ、ということはあるにはあるが。
だとしても、内側からどかどかどんどん、なんて音が聞こえてくるなんてことはありえないのだ。俺は冷や汗を書きながら階段を駆け下りた。とりあえず、自分が直接見たものを107の藤本さんに報告。それから、管理会社にも連絡を入れなければいけない。九時を過ぎているので、会社の人がまだいるかどうかは非常に怪しいところであったけれども。
そして俺が、一階の藤本さんの家の前に行き、インターホンを鳴らそうとした時だった。
どかどかどどかどんどんどんばきぐしゃぼきどんどんばきばきごきぐしゃどんどんどかどかばたばたばきどんどんばきぐしゃごきぐしゃどんばかぼかぐきぐきぐきっ!!
とにかく。
そんな形容しがたい、凄まじい音が響き渡ったのである。
そう、上から。
誰も住んでいるはずのない、207号室から。
「ひっ……ひいいいいいい!」
情けないと言いたければ言え。俺は腰を抜かし、そのまま管理人小屋まで逃げ帰ったのである。
何がどうしてこうなったのか、さっぱりわからなかった。確かに同じ音を、自分も聞いてしまったのである。藤本さんは、幻聴を聞いていたわけではなかったのだ。
上の階には、何かがいる。
誰も入れるはずのない、あの部屋には――何かが。
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