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冷蔵庫の中に入っている、そのお疲れ様チョコ。
その隣りに、ミルクチョコレートが並んで入っているのは、洸が好きだと言ったからだ。
洸が好きだと知ってからは、切らさず買い置きしてあった。
―――そうだ。
俺は、その思い付きにちょっとだけクスッと笑う。
「ん~っ!梶さん、良い香りがする」
カップの上から、珈琲にゆっくりお湯を回しながら注ぎ入れる。
珈琲の香りがふわっと立ち上がり、華やかに調理場に広がった朝の香りが俺の鼻を充たしていく。
香りに誘われる様に、カウンター席から身を乗り出した洸が鼻をヒクヒクさせていた。
「良い香り~!梶さんが煎れる珈琲の香りが世界で一番好きだな、俺」
珈琲の味が苦手な癖に、珈琲の香りが好きな洸。
俺が淹れたその珈琲の香りに、うっとりと幸せそうな表情を浮かべながら、そんな嬉しい言葉を口にするから、俺は嬉しくなる。
「珈琲出来たら、持ってってやるから。お前はストーブで躰を暖っためてろ。」
「うん。」
洸がキラキラした目で俺を見る。
いつものミルクたっぷりのカフェ・オ・レを期待しているのだろう。
その甘い飲み物は既に珈琲とは呼べないけれど。洸の好きな飲み物なのだ。
でも―――今日はバレンタイン。
素直に感謝の気持ちを口に出来る洸と違って、俺は、なかなかその言葉をタイミング良く口にすることが出来ないから。
だから――――。
コンデンスミルクと、ミルクチョコレート。そしてミルク。
その甘いミルクだらけなそれらを、冷蔵庫から出して、ミルクパンに入れた。
ミルクを沸騰させない程度に温めながら、ミルクチョコレートをゆっくりと溶かしていく。
ミルクとチョコレートが混ざりあった甘い香りがミルクパンから漂って、その優しい香りは洸を連想させ、俺の心は優しい気持ちで、なんだか満ち足りた気分になる。
洸がうちに居候してから知ったこの気持ちの名前は―――。
濃い目に出した珈琲――俺の自慢のブレンド。
それと合わせれば、特製ショコラ・オレの完成だ。
―――洸は喜んでくれるだろうか。
いつか、珈琲とこのチョコレートが混じり合う甘い飲み物のように、いつか―――。
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