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―――そんな叶わぬ夢を夢想するもんじゃないな。
俺は――自分の想いに自嘲しながら、洸の為にショコラ・オレを淹れたのだった。
とりあえず、感謝の気持ちと洸への想いを込めて、このショコラ・オレを贈ろう。
おやじが死んで。一人きりだった俺の日常が、洸のおかげで色を取り戻したのだから。
暖かいストーブの前。
壁側にある長椅子に丸くなっている洸がいた。
ストーブの暖かさに眠くなったのだろう。
その白い頬を薔薇色に染め、幸せそうにまどろんでいる姿は、まるで子猫だ。
「洸、起きろ」
「…ん、梶さ…ん?」
「ほら、飲みな」
「…ありがと…」
「おい、こぼすなよ」
躯を起こした洸の手に、マグカップを手渡す。
マグカップを受けとった洸が、ヒクヒクと鼻を動かしている。
あれ?いつもの香りと違うぞ?――なんて感じか。
いつものカフェ・オ・レの香りとはまた違う甘い香りが洸の鼻を充たしたのだろう。
そんな仕草まで子猫みたいで、なんだか可笑しい。
自分の好きな珈琲の香りとミルクチョコレートの混じりあった香りに、寝惚けまなこだった洸のトロンとした眼が、嬉しそうに輝いていく。
「梶さん、これ、美味しい!」
そう言って、美味しいそうな顔を見せる洸。
パチパチとストーブが爆ぜる音が、静かな空間に響いている。
外に積もった雪のせいで、なんとなく閉鎖的な冬の室内に響くその温かな音は冬ならではな音だった。
洸と一緒に過ごす、こんな―――フユノオトは温かくて―――幸福だ。
「洸、それ、飲んだら一緒にパン屋に行こうか」
「うん」
――――ハッピーバレンタイン。洸。
こんな日常がずっと続いたら良いのに―――なんて、そう願ってしまう俺だ。
そんな幸せな冬の朝のお話。
**おしまい**
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