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*君がいない*
洸に起きろと声を掛けたが、返事は無かった。
朝に弱い洸は、いつもなら凄く不機嫌な猫みたいな声を出しながら、布団の中で暫く唸った後で、しぶしぶ起き出してくるのが常なのに。
普段は朗らかな洸の、潜った布団からちょこんと覗くその不機嫌そうな表情に、普段の姿とのギャップを感じて。頭にはいつも子どもみたいな可愛い寝癖がついているのが、かわいらしく、「洸の髪の毛、今日も鳥の巣みたいだぞ」そう言いながらその頭をグリグリするのが俺の日課で、愛情表現だったりする。
寝起きの洸は酷く愛らしくて、俺の腕に閉じ込めてしまいたくなる。
その不機嫌な唇に思わず唇で触れたい―――そんな不埒な衝動に駆られてしまうのを頭をグリグリすることで誤魔化していた。
―――いやいや、駄目だ、俺。
そもそも、俺はそんな獣みたいな人間では無い。
ノンケであろう洸に、そんな愛情表現をしたら、多分引かれるだろ。
その結果、居候をやめたいなんて言われた日には―――。
頼まれて始めたはずの居候だが、毎日一緒に過ごす内に、俺の洸に対する気持ちは募る一方だ。
最初は洸がそのストレスを癒すことが目的だったこの暮らしが、最近は俺が洸に癒されている。
―――触れたい。
そう思うジレンマを、髪の毛に触れることでグッと押さえ込む俺は我ながらムッツリだとの自覚はある。
しかし、自分に重ね重ね自分に言い聞かせているのだ。洸は親友から預った大事な親友の弟なんだからと。
洸には笑って欲しいと思っている。
せっかく笑顔で過ごすことが出来るようになった洸を、別のストレスにさらすことになるのは嫌だ。
―――この気持ちに気付かれたら駄目だ。
洸が早く良くなればいい。
そう思う反面、あいつが俺の側から居なくなるのは嫌だ。そんな自分本位な考えが頭を掠め、思わず俺は自分自身を鼻で嗤う。
洸の心が癒されたら、いずれはここから巣だっていくというのに。
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