第50話「わたしは可愛い女の子デス(自己暗示)」

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第50話「わたしは可愛い女の子デス(自己暗示)」

 朝一で俺の家に集合。  といっても、来るのは志士坂と黒金だけだ。  俺の女装準備が終わった後に、厚木さんと高酉と合流して遊びに行くという手筈になっている。  その準備としてメイク担当の志士坂、そして俺の動き方のチェックに黒金が来たわけだ。本当は志士坂だけの予定だったが、黒金が「最終チェックが必要です」と無理矢理来ることになったわけである。  小一時間ほどで、メイクが完了する。その出来映えはかなりいいと、志士坂は自慢げに答えた。  そして黒金の最終チェックという演技指導を受けているときに、部屋の扉が開いた。 「クソアニ……あれ? あ、お客さん来てたんだ」  開けたのは妹の茜。あいつは、俺が女装していることに全く気付かない様子で、部屋を見回すと、顔なじみである黒金へと視線を向ける。 「黒金さんいらっしゃい。ねえ、おにいは?」  その質問にうぷぷぷと小声で笑い出す黒金。志士坂は小悪魔お姉さまモードにスイッチして上品に微笑む。 「あら、将くんの妹さんってけっこう可愛らしいのね」  そして、妹は俺と志士坂に対して会釈をする。俺のことは完全に他人と思っているようだ。 「せんぱいなら、今ちょっと外に出てます。すぐに戻ってくるとは思うけど」 「あ、そうなんですか」  黒金のその台詞をまるっきり信じてしまう妹。思わず笑いそうになる。 「今、せんぱい居ないから紹介するね。そちらに座ってるのが凛音姉さま。せんぱいのクラスメイトなの。そしてこちらが、ショーコせんぱい。学校は違うけど、仲良しなんだ」  こいつ、女装がバレてないもんだから、妹を騙せるかどうか試してるだろ?  俺は声を出さずに、無言で会釈する。もちろん、黒金に習った女の子らしい仕草を真似る。  まあ、今、妹にバレたら後で何を言われるかわからないからな。隠し通せるならそれでもいいか。 「茜です……あ、もしかしてリオンさんとショーコさんのどちらかが、クソア……おにいのカノジョなんですか?」  はっとした顔で、そんなことを言い出す茜。まあ、黒金はカノジョじゃないって否定したからアレだけど、誤解しすぎだろ妹よ。 「あ、あたしは違うわよ」  即座に否定する志士坂。そして茜の視線を俺に向けられる。でもな、声出したら俺ってバレバレだろうからなぁ。  とりあえず首を振る。もちろん、女の子らしく気をつけて、小動物のようにかわらしくあざとく。 「なんだ。違うんですか。そうですよねぇ、あのおにいにカノジョなんてできるわけないですよねぇ」  あれ? そういえば黒金の前では俺のこと「クソアニキ」じゃなく、昔のように「おにい」って呼んでるのか。 「茜ちゃん。そうでもないわよ。あれでもせんぱいはけっこうモテるのよ」 「えー? それ絶対ウソですよ」  茜の顔があからさまに苦々しく笑う。 「茜ちゃんもせんぱいの人間性を知ってるでしょ?」 「そりゃ、口は悪いし、強引だし、正義とか知ったこっちゃないってやりたい放題だし……」 「けど、せんぱいは一度関わった人間を見捨てられない。基本的に不器用な優しさを持つ人だよ」  茜は少し考え込むような表情を見せた後、つぶやくように言った。 「……知ってます。けど、あたしは昔みたいにもっと大事に扱われたいんです」 「カノジョみたいに?」 「ち、ちがいますよぉ。けど、こっちはたまには仲良くしたいなぁって思うときがあります」  そんな茜に、黒金は優しく言った。 「大丈夫だよ。せんぱいは優しいから茜ちゃんに受け入れる姿勢があれば、大事にしてくれるって」  駄々をこねた娘を諭す母親のような、穏やかな表情。こんな黒金を見るのは初めてだ。 「そうですかねぇー」 「先輩に惚れてるあたしが保証する」  黒金はそう言って、茜が恥ずかしがって下を向いた瞬間に俺に対してウインクをする。  あからさまだなぁ。  それさえ無ければ、新たな彼女の一面に感心してたのに。若干複雑な気持ちになる俺をよそに、志士坂も同調する。 「そうね。涼々の言う通り、将くんは不器用なのよ」  本人目の前にしてよく言うなぁ、こいつら。 「おにいのことはわかりましたよ。けど、なんか素直になれないんですよね。昔のおにいは、あんなに口は悪くなかったと思うんです」  それについてはどっちもどっち、というのが俺としての感想だった。  たしかに、昔に比べて妹への当たりがきつくなったのは認める。しかし、茜も茜で俺の事を『クソアニキ』と呼んでいるのだ。今さら考え直したところで、不毛な事ではあるが。 「ね、昔の将くんってどんな感じだったの?」  すぐそこに本人がいるにも関わらず、恥かしい質問をする志士坂。茜は首を傾けながら答えた。 「うーん、昔のおにいですか? もうちょっと穏やかなでのんびりしてたかな。なんか、一緒にいて落ち着く感じですか」 「ほうほう。そんなせんぱいが、いつ変わったのかな?」  黒金が興味津々に身を乗り出す。  おいおい、いつまで話を続ける気だよ。こっちは喋れないってのに。 「中学くらいですかね。なんか……変な女の子と付き合うようになって」 「せんぱいカノジョいたんだ!」  黒金が驚きの表情を浮かべる。そういや彼女の前で『童貞』の2文字を連呼してたこともあったっけ。 「カノジョっていうより、師匠って感じなのかな。金魚の糞みたいに偉そうなその女の後を喜んで歩いていましたよ」 「どんな子なの?」  これは志士坂の質問。 「うーん、セミロングのゆるふわな髪にくりっとした大きな目のかわいい系の顔で、変な髪留めしてたのを覚えてます。そんなかわいらしい容姿とは逆に、態度はすごい偉そうでした」 「変な髪留めって?」 「悪魔のカタチをしたやつかな。あたしはそのキャラクター知らないんだけど」  志士坂が何かに気付いたらしく俺へと視線を向ける。何も喋れない俺は苦笑を浮かべるだけだ。 「なんか、服装とか言動が中二病っぽい気がして、あたしドン引きしてたような気がします」 「へえー、せんぱいの好みとはちょっとズレてますねぇ」  黒金の方は厚木さんと似ていることに気付いてはいないようだ。そりゃそうだわな、茜の印象では『偉そうな女』で『中二病を発症』なんんだから。 「あ、そうだ。あたし、おにいにスマホ用の充電池借りようと思ってたんです。けど、いないなら出直しますね」  俺は志士坂に目線で、机の引き出しの最上段を示す。 「あ、待って茜ちゃん。将くんならその机の最上段の引き出しに充電池が入ってたって言ってたわ。妹が借りに来たら貸してあげてくれって伝言あったの」  志士坂は察しよく、妹へと対応してくれる。充電池を借りに来たということは、出かける予定があるってことだよな。  茜はつかつかと俺の机のところへと行くと、引き出しを恐る恐るあけて中にあった充電池を取り出す。 「あ、ありがとうございます。えっと、リオンお姉さまでよろしいのですよね」 「ええ。そんなに緊張することないのよ」 「あ、はい」  茜はすっかり志士坂の演技に騙されて、雰囲気に呑まれているようだ。まあ、俺のことを誤魔化せるなら何でも良しとするかな。 「じゃあ、茜ちゃん。また遊びに来るからね」 「いつでも来て下さい。また、お兄ちゃんの話で盛り上がりましょうね。あ、リオンお姉さまもショーコさんもまた来て下さい」  そう言って、妹が退出する。 「はぁー、緊張した」  そんな志士坂の第一声に、俺は詰め寄った。 「なんで、おまえが緊張してるんだよ?!」  緊張してたのは茜の方だというのに。 「だってあたし、いつ土路くんの正体がバレるかってドキドキしてたんだから」 「バレてもおまえは関係ないだろうが。このメイク、自信ないのかよ?」 「自信はあるけど、相手は身内だし」  一方、黒金は変な笑い方をしている。 「……うぷぷぷ」  俺は彼女に向かって呟く。 「黒金、おぬしもワルよのぉ」  そういえばこいつ、ノリノリで俺を女の子として紹介してたな。 「身内だからバレるかなと思ってましたけど、全然そんなことなかったですね」 「志士坂のメイクが優秀すぎるだろ」 「将くんがもともと化粧映えするからよ」  あんまり嬉しくないお褒めのお言葉ではあるがな。 「あたしも凛音姉さまにはメイクを教えてもらってますけど、このスキルはチートですよ」 「大げさだなぁ、涼々は」 「チートスキルなら、この世界を征服できるんじゃねえか。しらねーけど」 「あはは、メイクで魔王倒せちゃうってどんなスキルなのかな?」  そんなくだらない話で盛り上がる。時計を見ると、厚木さんとの待ち合わせまで、時間はあった。まだゆっくりはしてられる。 「ね、せんぱぁい。茜ちゃんと仲直りしないんですか?」 「べ、べつにケンカしてるわけじゃねえよ。あっちが勝手に不機嫌になるだけで」  俺は自分の正当性を伝えようとするが、これは身内じゃないとわからないだろうな。 「茜ちゃんの話聞いてると、せんぱいが変わったのが原因だって思えますけど」 「人間は成長すれば変わるもんだよ」 「あたし、せんぱいが優しくてのんびりしている頃に出会いたかったなぁ」  黒金のその意見に、志士坂はため息をついてこう告げる。 「涼々。それだとたぶん、あなたは救われない。そしてあたしも救われなかった」  彼女の言葉は、ある意味真理でもある。 「そ、それは……そうかもしれませんけどぉ」  黒金はやや不満げながらも納得しようとする。志士坂の言う通り、優しいだけでは誰も救えない。  昔の俺は、自分自身でさえ救うことができなかったのだから。  記憶に甦る悪魔の美少女。  厚木さんに似てはいるけど、まったくの別人だった。  人が傷つくようなことを平気でしても、それは因果応報だから仕方ないと俺に説いた。  個性的な味の炭酸飲料が大好きで、バタフライナイフを隠し持ち、独特な護身術で相手をバッタバッタと投げ倒していく豪傑だった。  彼女がナニモノなのか?  その謎は未だに解き明かされてはいない。 ** 「おまたせ、つち……じゃなく、ショーコちゃん」  駅前の時計塔の前で待っていると、厚木さんと高酉が現れた。今日は三人で遊びに行くというていで、ストーカーを誘き出すという作戦だ。  といっても、作戦内容の詳細は二人には教えていない。未来予知のことは話せないので、単純に女の子3人が集まって行動することで、犯人を油断させるという説明にとどめた。  予定では帰り道、俺と厚木さんがふたりきりになったところで、大上は襲って来るはず。  だから、遊んでいる最中はそんなに周りの様子に気を配る必要はない。もちろん、何かの拍子に未来が変わる場合もあるので、最低限の防衛措置は仕込んである。 「じゃ、行こっか」  今日行くのは、大型ショッピングモール。近くに湖という名の貯水池がある、日本最大の商業施設らしい。  厚木さんと高酉は行ったことがあるそうだが、俺は初めてだった。  電車を乗り継ぎ、目的地の駅に降りると、そこはもうモールの中だ。駅が直接施設と直結されているようだ。  改札を降りると、左右にはコスメショップやらインテリア雑貨やらのお店が並んでいた。徒歩0分でショッピングモールに到着である。 「ショーコちゃん、ここ来るの初めてでしょ?」 「う、うん。なんか、わくわくするね」  無理矢理声色を変えて女の子らしく喋ってみる。 「やっぱダメね。そんな声だとバレちゃうんじゃない?」  高酉からダメ出しが入った。まあ、声に関してはどうにもないからな。これがネットならボイスチェンジャーとか、いくらでもやりようはあるのだが。 「仕方ないよアリス。たぶん、距離があればわたしたちの会話なんて聞こえないから、誤魔化せるでしょ」  今回の目的はストーカーを騙すこと、それさえできればいいのだから、あまり細部に凝ってストレスを溜め込んで、それが失敗に繋がるような事態に陥ってはいけない。  だから厚木さんの意見は正しかった。  まあ、会話は高酉の毒舌が入りつつも、女の子同士が和気あいあいとウインドーショッピングをしているような雰囲気にはなりつつあった。  俺も女装をマスターしつつある……とかいうと、特殊な趣味に目覚めそうであるが。 「あそこの店行こ」  楽しそうに厚木さんが声をあげる。彼女が笑ってるなら、いいじゃないか。  そんな感じで数件の店を回って女の子の長い買い物に付き合わされ、ついでに無理矢理、試着させられたりと精神的に疲弊してくる。  途中、休憩ということで自販機の置いてあるスペースで立ちながら談笑する。  ノドが乾いたということで、個性的な味の知的飲料を俺が買うと厚木さんが言った。 「つ……ショーコちゃん、物好きだねぇ。それ罰ゲームの飲み物じゃないの?」 「え、嫌いなの?」 「一度、アリスに騙されて飲まされたことあるんだけど、一口でもうギブアップだったよ。エナジー系だったら、まだ飲めるんだけどね」  隣にいる高酉は、俺と同じ知的飲料を飲みながら「えー、おいしいのに」と呟く。  師匠の好きだった個性的な味の炭酸飲料。流行のエナジードリンクのように高カフェインではないが、味の個性ではまったく負けていないだろう。  厚木さんが飲めないということで、ますます師匠と彼女が同一人物だという説は薄れていく。  もしかして高酉が? なんて一瞬考えるが、顔が全然違うからな。  しばらく休憩していると、トイレに行きたくなった。 「わ、わたしちょっとお手洗いに」 必死で覚えた女らしい口調。ナチュラルに言得る技術も体得しつつあった。そんな俺に、厚木さんはにっこりと微笑みながら釘を刺す。 「うん。間違えて男子の方に行かないでね」  まあ、ここで騒ぎになってストーカーにバレるのは絶対にマズイので、そんなミスは犯さないようにと自分に言い聞かせであったが。  用を足してトイレを出た俺は、厚木さんたちに『お待たせ』と声をかえようとして、彼女たちの視線の先にあるものを確認して言葉が詰まってしまった。  そこには20代くらいの女性同士のカップルが濃厚なキスをしていた。  施設の端の方にあるスペースであり、わりと人が少なめということもあって、そのカップルは完全に二人の世界に入っていた。  厚木さんは、なんだか羨ましそうにその二人を眺めている。きっと自分の好きな子にもこういうことをしたいんだろうなと、邪推しながら高酉の方を見ると、彼女の表情は強張っていた。  何か汚らわしいものを見るかのように目を細め、唇を噛んでいる。  そして、ふいに視線を逸らすとそのまま早足で歩いて行ってしまう。厚木さんを置いて。
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