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第51話「ニセの魔女は臆病なのです」
厚木さんは、その事には気付かずにまだ見とれている。しかたないので、俺が高酉を追いかけた。
あのカップルが視界から消えるような場所へと移動して、ようやく高酉の歩く速度が緩くなる。
俺は、彼女の右手首を掴み「待って」と小声で囁いた。
その瞬間に悪魔が起動。
『ほいほーい』
「ひとつ聞かせろ。おまえの未来予知は予定通りか?」
ラプラスはププッと吹き出した。
『は? あなた、だいぶおかしい事言ってるわね。予知が予定通りってなによ』
こいつのモノの言い方には時々、かなりイラっとさせられる。相手の心を省みない容赦の無さ。生身の人間であったなら、一発ぶん殴ってやりたくなる。
しかし、ムキになって反論するのは不毛が過ぎるだろう。俺が軽く受け流せば良いだけだ。
「……ああ、悪かった。なら、言い方を変えよう」
喉元までこみ上がった怒りを寸での所で押し戻し、冷静に応じた。我ながら、よく我慢したと思う。それに何だかんだ言って、こいつには助けられているからな。
俺は気を取り直し、改めて尋ねる。
「おまえが導き出した未来に変更は無いか?」
ラプラスは最初からそう言いなさいよ、と一言添えた上で、さっきとは打って変わって明快な返答をした。
『ああ、そういうことね。大上護武が襲って来るのは夕方以降ってのは変わってないわ。だから、ここでの滞在時間が多少前後したところで、予知通りになる』
「ならいい。あともう一つだ。その先の厚木さんの未来は? 自殺フラグはまだ消えてないか?」
『うん、消えてないよ。だって、あんた、有効な対応策を打ってないでしょ』
「そうだけど、彼女の周りで人死に出ないように動いたじゃないか」
『それは、彼女の自殺が早まらないという対応であって、根本的な解決にはなってないわ』
課題はけして、1つだけでは無い。まだ他にも考えるべきことがあった。
「わかったよ。とりあえず、その件は、ストーカー対策が終わってから改めて考える」
『それがいいわ』
「ついでだ。高酉のことを教えてくれ。どうして彼女は、あの場から逃げた?」
大きめのため息をつくと、ラプラスは言った。
『だから、人の心まではわからないって言ったでしょ。理由を話すような未来も見えないし』
「となると、俺が聞き出さなきゃらないないのか、めんどくせーな」
『策略練るよりは楽でしょ?』
「としても、一筋縄ではいかないだろうぜ」
俺はこれから、あの高酉から話を聞くのだ。好感度マイナスの奴に、自分の過去話をさせるのだ。どう考えても難易度がハードすぎるだろう。
『ま、がんばって』
人ごとだと思って……。
ラプラスとの会話を終わらせると、時間が元に戻り、高酉の顔がこちらへと振り返る。
「放してよ!」
「ご、ごめんなさい」
「もー、こういう時まで女の子しなくていいのよ。調子狂うでしょ」
「いちおう周りの目もあるし」
周囲をぐるりと見渡すも、注目はされていないようだ。二人とも声のトーンは控えめにしている。
「急に逃げたから、どうしたのかと思って」
「……」
彼女は口を堅く縛り、話す気はないようだ。まあ、想定内の態度である。
「厚木さんとこ戻れる?」
「……」
いかにも返事を迷っているような表情だ。ここで無理矢理彼女のところに戻してもギクシャクするだけであろう。
「わかったよ。ちょっと連絡入れておく」
仕方ないなと、スマホを出して厚木さんにSNS経由でメッセージを送る。
土路将【ごめん しばらく俺たち離脱する】
まりさ【え? どうしたの?】
土路将【事情は後で話す】
まりさ【わかったけど わたし一人で大丈夫なのかなぁ?】
未来予知では彼女に危険はないが、精神的な安全の担保は必要なので、予め想定していた予備作戦を実行する。
土路将【志士坂と黒金が付いてきてるから 彼女たちと自然に合流してくれ】
まりさ【やっぱリオンとスズちゃん来てたんだ】
土路将【用事が終わったらうちらも合流するから】
まりさ【り】
何かあったときのために、志士坂と黒金もショッピングモールに行くように指示を出しておいた。護衛ではないので彼女たちは自由に歩き回っていたはずである。
というわけで、彼女たちのほうにも厚木さんと合流するように指示を出す。
さて、これで厚木さんの方は問題ない。
あとは高酉をどうにかする番だな。上手く行けば厚木さんの死亡フラグを取り除くこともできるが、そうそう上手くは行かないだろう。
あまり欲をかかずに、原因究明を優先的に実行すれば、対処する方法も見つかるかもしれない。
**
「落ち着いた?」
俺は彼女を2階のフードコートのテラスに連れて行き、柵にもたれるような姿勢で貯水池を眺める。
外の空気を吸えるし、水辺は人の心を落ち着かせるのにちょうどいい。そんな心理的効果があると、何かの論文で見たことがある。
「ごめん、ちょっと昔のトラウマがフラッシュバックして、冷静でいられなくなったわ。まりさにはこんな姿見られたくなかったし、ごまかしてくれて……その、あ、あり……」
そこで言葉が止まってしまう。ありがとうって言いたくないっぽいな。まあ、いいけどさ。
それよりも気になるワードがあった。
「トラウマ?」
「土路には関係ない!」
ビシッと言葉を切られる。ま、そうなるわな。過去の詮索が許される関係でもないのだから。
「あとで厚木さんにウソでもいいから離脱した理由を捏ち上げなければならないんだよ。だからこそ、事情を知りたい。それともあいつとは、もう友達でいるのをやめるか?」
対比効果という話術テクニックを仕込む。選択肢を提示された場合、人は比較的マシだと思う方をとるはずだ。
「それはやだ!」
案の定、後者を拒絶する。ならば、理由を話すという選択をするしかない方向へと誘導したのだ。
「だったら話してくれ。おまえが望むなら、俺は誰にも言わないよ」
俺は優しく問いかける。
「……」
再び俯いて考え込む高酉。しばらく無言状態が続き、その後決意をしたような真剣な表情の彼女の顔がこちらに向く
「……誰にも言わないって誓う?」
「ああ」
「あたしね。昔……っていっても、小学校6年生の時なんだけどね。親戚のお姉さんにいたずらされて無理矢理キスされたことあるの」
おねロリ……いや、これはただの犯罪か。女性だからって許されるわけではない。
「その親戚のお姉さん、当時は高校生くらいの人だったんだけどね。もともとそういう気のある人でね、子供のあたしはそんなことは知らなくて懐いていたんだ。けど、両親がいないときに変な雰囲気になって……」
ごにょごにょと口ごもる高酉。まあ、言いたくないようなこともされたっぽいな。それがトラウマか。
「それであの濃厚接触シーン見ててトラウマが甦ったわけか」
「うん……まあ、男女なら問題ないんだけどね。あたし、そっちなら大丈夫だよ」
イケメン限定なんだろうけどね。まあ、人類の大多数を占める異性愛者ならそんなものか。
「女嫌いってわけじゃないんだろ?」
「それはないかな……いや、クラスの子とかあんまし好きじゃないな。女の子特有のあの『空気を読め』的な雰囲気、大っ嫌いだし、表では仲良しで裏で陰口ってのも嫌い」
女は怖いからな。イジメの深刻さでは、女子の方が闇は深いという。
「まあわかるよ」
「だから、女の子が呼び合う『親友』って言葉はあんまり信じられない」
高酉の言葉に、俺は少し引っかかるものを感じた。
「けど、おまえ、厚木さんとはすっげー仲良いじゃん」
「まりさは、クラスの子たちと違うし、変なことしてこないし、それに恩人だから」
「恩人?」
「あたし、小学校の時、いじめられてたの。その時にまりさが助けてくれたんだよ」
なんとなく想像は付く。厚木さんのあの性格なら、いじめを黙って見てられないだろう。
「なるほどね」
「まりさは、そのまんまのあたしを認めてくれる。だから、軽々しく親友って呼びたくないけど、それ以外の言葉が見つからない」
「結局、おまえも親友と思っているんじゃん」
「うるさいなぁ」
こちらが話の腰を折ったのがいけなかったのか、ちょっと機嫌を損ね始める高酉。俺は少し言い方を変えてみた。
「じゃあ、厚木さんにトラウマを感じることはないんだな」
「あるわけないじゃない。まりさは大切な友達よ!」
そう言い切る高酉がどこか怖い。そんな大切な友を自殺に追い込む未来なんだからな。
とはいえ、拒絶する理由が理解できるがゆえに、高酉に同情さえしてしまいそうになる。
いざとなったらこいつを排除してでも、問題を解決してやる――。
最初はそう考えていたけど、何だか可哀想になってきた。
けど、俺は厚木さんを死なせたくはない。
結局は究極の選択をしなければならない場面に俺は放り込まれるのだろう。
皆が幸せになれる未来なんてない。
誰かが幸せになれば、その陰で誰かが不幸になる。
『弱気ね』
ラプラスとの会話中じゃないってのに、あいつの声が聞こえた気がした。
ああ、わかってるさ。昔の俺は、あの悪魔と会った時に魂を全て売り渡したんだ。だからこそ、優しさとか考えなくていい。
俺は俺の幸せのために、全部救ってやる。それが例え、不正解であっても。
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