11人が本棚に入れています
本棚に追加
第58話「最善を尽くすのです」
志士坂を利用すると言ったことに対して、ラプラスが慌てたように問いかける。
『え? ちょっと待って、あんたのことを心配して駆けつけてくれた志士坂凛音を冷徹に利用するっての?』
「そうだ」
『……』
一瞬、暗転空間が静かになった。
「おい、どうした?」
『さすがに、あたしもひいちゃうよ』
「おまえになんと思われようが、どうでもいい」
『ま、いいや。面白くなりそうだから。で、何を演算するの?』
「まずは、おまえのことを全部話す。未来予知のことを。それで信じてくれるかどうかだ」
『……』
「普通は笑い飛ばされるだけ。けど、信じさせる、もしくは信じてくれるような言い回しがあれば、そこから彼女の全面的な協力を得る」
今回は案山の時とは違って、状況を全て話さないと協力させるのは難しいだろう。だからこそ、ラプラスのことを話すしかない。
『厚木球沙を助けるために、志士坂凛音を協力させるってことね』
「さすがに厚木さんの生死がかかってれば、手伝わないわけにはいかないだろ?」
『で、何を手伝わせるの?』
俺はいくつかの案を出してラプラスに演算を頼む。
「どうだ?」
『まったく変わらないわ。考え方がぶっ飛んできたけど、ただそれだけって感じかな。厚木球沙は助からない』
まあ、そんなのはわかっていたこと。もう一年近くラプラスに厚木さんを助けるための演算を頼んでいる。
そんなに簡単でないことは思い知らされていた。
それでも、今の俺には突破口のヒントとなる一筋の光明が見えている。方向さえ間違っていないのであれば、いつか出口に辿り着くのだから。
思考して、思考して、試行して、失敗して、最初に戻る。それの繰り返し、俺の思考回路が焼き切れるまで、頭をフル回転させる。
数万回、いや数十万回、それ以上かもしれない。演算の回数なんて、いちいち数えていられなかった。
『少し休んだ方がいいよ。もう体感時間で三日くらい経ってる』
「たかが体感時間だろうが。おまえとの対話は無限の時間を持てるということはわかってるんだよ』
悪魔とのタッグが最強な点はそこだ。一瞬で答えを導き出す天才にさえ、百年かけて思考した策で勝てるのだ。
言うなれば、ラプラスは『5億年ボタン』の話のポータブル版である。100万円は入手できないが、いつでも終了することもできる。その気になれば、体感時間で5億年以上思考することも可能なのだから。
『あんたの気力がもたないよ。前に言ってたじゃん、こういう時は周りからの情報を入れてから思考し直した方がいいって』
「いや、もうすでにヒントは揃っているんだよ。だからこそ、俺に出来るのは総当たり攻撃だけ」
『いや、その総当たりのパターンは無限だよ。無茶しない方がいいって』
いつもはシニカルなラプラスが俺の身を案じてくる。いや、むしろ自身を案じているのか?
「おまえの方が参っちまうか? 軟弱な悪魔だな」
『あたしは大丈夫だけど、あんたが……』
「ラプラス、演算しろ。次の手はこれだ」
そうやって俺はひたすら策を考え続けた。
そうして、数千万もの『策略』と呼ぶに相応しい厚木さんを救う計画の中で、ようやく一つの案に及第点が出される。
『あ……いけるわ』
「マジか?」
『あたしも驚いたわ。まさか、そんな策で阻止ができるとはね』
「本当に大丈夫なのか?」
『ええ。あなたの策略は、厚木球沙が自殺する未来をギリギリ消し去ることになる』
「……ふぅ。よかった」
俺は大きな吐息をつく。
『しかしまあ、あんた、ことごとく他人を利用するのね』
「手段なんか選んでられない」
ラプラスの嫌味を正論で返す。もう、気の利いた言葉を返す気力は無い。
『そのために、他人の運命さえもねじ曲げていくのね』
「……」
結果がハッピーなら、その過程なんてどうでもいい。
『あんた、厚木球沙にフラれて自棄になってない?』
「いや、極めて冷静だ」
『……あ、うん。よく考えればいつものあんたの考えだわ。でも、初めてね。厚木球沙の自殺フラグをぶっ壊す未来が見えたのは』
「今までは、一人でなんとかしようとしてたからな。有里朱さんのアドバイスで吹っ切れたわ」
ストーカーの件で志士坂や黒金や案山に協力してもらっているが、かなり気を遣っていた。
今度のは協力という名のパズル《・・・》だ。人の行動すら利用して組み上げていく策略。
何をやったかじゃない。どう結果を出すかだ。
それには相手の気持ちさえ予測して誘導していかなくてはならない。
『今回のって、協力してもらうだけじゃないってのがあんたらしいわ。さすが冷徹クソ野郎の称号を持つだけのことはあるね』
まあ妹から散々言われてるから、呼ばれ慣れてはいる。そんなことはどうでもよかった。
ついに俺は、最難関である厚木さんの生存ルートを見つけたのだ。
「ははははははは! これで、厚木さんは救える!!」
『ね、あんたさ。大丈夫なの?』
「なにがだよ?」
『彼女を救ったあとには何も得るものはないんだよ?』
だからなんだよ?
「ラプラス、終了だ」
俺は会話を強制的に打ち切ると、ラプラスはしぶしぶ退場した。
現実時間に戻り、振り返ると志士坂が涙を流している。
「は? なんでおまえが泣いてるんだよ?」
「だって、あたし土路くんの気持ちがすごいよくわかるもん。絶対に好きになってもらえない相手にフラれても相手のことを嫌いになれないって」
涙の理由を俺は知っている。そりゃ、鈍感系の主人公だったら気付かないかもしれないけどさ。
俺は厚木さんが好きだから、他の子を絶対に好きにならないと宣言している。けど、志士坂は俺の事が好きで、それがずっと言えないでいるってことに、気付かないわけがない。
下手な優しさは本人のためにならないと、雑に扱ったり、興味がないと言ってきたが、そんなことで諦められるはずがない。俺だって、厚木さんを諦めきれていないんだからな。
まったく、世の中ままならないよ。
けどさ、俺は冷徹クソ野郎だから、志士坂、おまえのことさえも利用させてもらうよ。まったく、いい加減に俺の事なんか見限ればいいってのに。
「志士坂、話がある」
「え? あ、あたしまだ……その……覚悟ができてなくて」
「違う。俺の中には悪魔がいるんだ」
「は?」
**
「つまりその悪魔は未来を予知できるだけじゃなくて、土路くんの行動をシミュレートできるってことか」
志士坂は俺の話を静かに聞いてくれて、きちんとその仕組みを理解してくれた。
もしかして、こいつって霊感商法とかに騙されやすいんじゃね? ちょっと心配になってきた。
「おまえ、疑わないのかよ?」
「考えてみれば、あたしがクラッカーを暴発させることも、厚木さんのお父さまがパワハラに遭うことも、涼々の件も、案山さんの自殺も全部未来予知だったとすれば、土路くんの行動の早さと正確さが納得できるからね」
「うん、まあ、その通りなんだけど」
「ねえ、前にした『どっぺるくん』の話覚えてる」
「覚えてるけど、それが俺の悪魔と何の関係が……」
悪魔? これは偶然なのか? 背筋がぞくっと凍える。
「あの話にはいろいろなものがあって、その中に自分の願いを叶えてくれる悪魔がいるの」
「入れ替わるんじゃないの?」
「そう、入れ替わるんだけど、その前に願いを叶えてくれるの」
「それが俺の話と何か関係があるのか?」
志士坂は聞きにくそうに、上目遣いで俺を見る。
「土路くん……その未来予知って悪魔に願ったわけじゃないよね?」
「いや、俺は願ってないぞ。ラプラスは勝手に俺の心に棲み着いただけで」
「それならいいけど……」
何か納得がいかない顔をする彼女だが、そんな与太話はどうでもいい。
「けど、しょせん都市伝説だろ」
「そうだけどさ。じゃあ、土路くんの中にいる悪魔ってなんなの?」
「それは……」
考えてみれば、何ら具体的な説明ができないではないか。俺は悪魔の正体をまだ知り得ていない。
「まあ、いいわ。土路くんにわからないってのは仕方が無いと思う。その件に関しては保留でいいよ。だから、それ以外のこと全部教えて」
「お、おう」
めずらしく志士坂がぐいぐいと話に乗ってくる。そこには何かを決意したかのような瞳があった。
「ね、どうして土路くんは、この話をあたしにしようと思ったの?」
「それは……」
思わず言い淀んでしまう。本当のことを言えば志士坂は傷つくだろう。
「隠さなくてもいいよ。あたしはあなたのことずっと近くで見てきた。だからわかるの。目的の為なら手段を選ばない土路くんは、この期に及んでもぶれないんだよね」
「……」
「土路くんは、その目的のためにあたしを利用しようとしている。協力を得るには悪魔の話は避けて通れないからね」
「そうだよ」
志士坂は短い吐息を吐くと、「やっぱり」と哀しそうな顔をする。
「うん。あたしは土路くんに借りを返せてないから、いくらでも利用すればいいよ。前に奴隷だとか言ってたじゃん」
そういえばそんなことを勢いで言ったこともあったな。本心ではなかったが。
「悪い」
「謝らなくていいよ。借りを返すだけなんだからさ」
志士坂から返してもらうものなんてないはずなのに……。本当に俺はクズ野郎だな。
「……」
「だから全部話して。あたしもできる限り協力するから」
まっすぐに見つめられて、なんだか俺が照れてしまいそうになる。
俺は、全てを丁寧に打ち明ける。志士坂の件からストーカー騒ぎの予知まで。
「うん。やっぱり、土路くんは優しいね。茜ちゃんが変わったって言ってたけど、基本的な部分は変わってないんじゃない? 涼々が惚れるのも自然なことだったんだね」
「知らねーよ。それより、協力してくれるなら、重要なことを話す。これは誰にも言うなよ」
彼女が口外することはないのは、ラプラスの演算からわかっている。とはいえ、形式上の口止めの言葉は必要だろう。
「これから何があるの?」
「厚木さんが自殺する」
「え?」
予想外だったかのように志士坂の表情が固まる。
「これも内緒だぞ。厚木さんは高酉が好きだ。今から29日後に告白して、高酉に酷い拒絶をされて、絶望する」
もう一ヶ月を切っていた。時間はないが、志士坂たちの協力があれば生存ルートが確保できる。それは未来演算で確定済みだ。
「それが自殺の原因?」
「ああ。おまえも、今日の厚木さんの話を聞いていたなら、彼女が同性愛者だってわかっただろ」
「うん。ちょっと驚いた。でも、なんで高酉さんは厚木さんを傷つけるの? 高酉さんがノン気であっても親友みたいに仲がいいんだから、それで酷い拒絶をするってのがわからないんだけど。断るにしても親友なんだから相手の気持ちを考えるよね?」
少し前までは、それが疑問だった。だからこそ、高酉をラスボス扱いして警戒していたのだが、彼女もそれなりの過去を抱えている。それは同情すべき内容。
「これもオフレコだ。高酉は小学生の頃に、従姉妹のお姉さんに無理矢理キスされてイタズラされたそうだ」
「まさかそれがトラウマで?」
「そういうこと。厚木さんはそのことは知らないからな。告白して逃げ出した高酉に絶望する」
高酉はその時、酷い事を思わず言ってしまうらしいが、そこまでは志士坂に教えなくていいだろう。
「じゃ、じゃあ、そのトラウマのことを事前に厚木さんに話せば、自殺っていう最悪のことは回避できるんじゃないの?」
「その場合、高酉を大切に想う厚木さんは、彼女にトラウマを呼び起こさせたくないと願う。彼女は常にキスしたいとか、そういう衝動を抑え込んでいるから、相手に迷惑をかけるくらいなら根本的な解決を実行するよ」
「根本的な解決?」
「自分が消え去るという、もっとも効率の良い方法を」
「……」
志士坂は絶句する。
でも、俺は知っていた。
彼女はそういう人間なんだということを。
だからこそ、生半可な方法では彼女を救えない。付け焼き刃的な作戦では、彼女の心は動かない。
ならば、最後の手段だ。
俺が得意とする強攻策を実行するしかない。それは、大げさに言えば女神さえ欺き、運命をねじ曲げる策略。
そのために俺は、悪魔にだってなってやる!!
最初のコメントを投稿しよう!