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第62話「夏と言えばプールなのです」
高酉と蒼クンをくっつけるという計画。その本質に気付いた志士坂は、実行することを少し躊躇しているのだろう。
「でも……」
「志士坂、おまえは本来、この学校を退学するはずだった。黒金も案山も死ぬはずだった。それを俺がねじ曲げた。今さらなんだよ」
もうすでに運命の歯車は俺によってぶっ壊されている。理解はしていた。ラプラスの予知は、その名の通り悪魔の能力だということを。
「土路くん……。あなたの未来予知とその演算は、人の運命さえ容易く弄べてしまう。それこそ神の領域。そんな能力を多用して、あなたは耐えられるの?」
一瞬、ドキリとする。こいつは俺以上にラプラスの能力を理解しているのかもしれない。
「そうだな。俺に良心っていうものがあったなら、その呵責に悩んでいたのかもしれない……けど、そんなもの俺にあると思うか? 俺は冷徹クソ野郎の二つ名を持つんだぜ」
強がりというわけではない。本能的に、俺はそれを考えないようにしているだけだ。『正しさ』というそんな曖昧なもので、思考にノイズを入れるわけにはいかないからな。
「土路くんはそう思い込もうとしているだけだよ。基本的には優しいんだから」
志士坂は俺を誤解している。俺に優しさなんてない。
「……」
「無理はしないで。あたしも一緒に罪は被るから」
なんでこいつは、こんなにも懐いてくるんだよ。自惚れかもしれない。だけど未だに、自分が彼女に好かれる理由が理解できない。
「志士坂が被る罪なんかねーよ。おまえは俺に利用されてボロ雑巾のように捨てられるだけだ。今のうちに逃げた方が幸せにはなれるかもしれないぜ」
これも強がり。俺はたぶん、良心の呵責に耐えられなくなって、人との繋がりを絶とうとしてしまうのだろう。だから、志士坂には平気で酷い事を言うし、黒金を雑に扱うし、案山はそもそも仲良くなろうとなんてしない。
「……あたしの消せない罪をあなたは癒してくれる。だから利用すればいいよ。その方が心が軽くなる、たとえあなたに……」
そこで彼女の言葉が途切れる。何を言いたかったかは痛いほど理解できる。
まったく、酷い男だな。俺は。
しかも俺は、最後の作戦を彼女に告げていない。それが何を示すのかも。
**
あれから一週間が経ち、高酉と蒼くんの仲は急激に進展しているようである。第二弾の動画もそこそこ再生数がいったらしい。まあ、ここらへんは作戦に関係のないことなので、どうでもいいだろう。
さらにその翌日、皆でプールに行こうという話になった。正確にはそのように誘導した。
知り合いからプールの入園券をもらったと嘘を吐く。実のところ自腹で買ったものであった。まあ、動画の方の収入があるので、普通の高校生より金はあるので、たいした出費でもない。
プールに行くメンバーはいつもの文芸部に、蒼くんが加わったもの。打ち上げのメンバーがそのままだ。
実は前日に、蒼くんと高酉は水着を買いに行くということで、ふたりきりのデートをしている。その前にも蒼くんの女装服を買いに行くので高酉と出かけているのだが、その時は厚木さんが一緒だったそうだ。
そんなわけで、演算された未来予知は順調に進んでいく。
当日、更衣室で着替えて、プールサイドで蒼くんと二人でぼーと待っていると、女子たちがやってきた。
「せーんぱい!」
ナイスなコンパクトバディを披露するのは黒金だ。何を言ってるかわからないのは、なるべく意識しないようにしているためである。ちなみに彼女は大胆に黒い三角ビキニを着てきていつものように俺に抱きついてきた。
いつもより肌と肌の触れあう面積が大きくて、思った以上に動揺しそうになる。が、心の中で必死に素数を数えて落ち着く。モダンホラー作家の知恵袋が、こんなところで役に立つとはな。
「暑いんだからくっつくなよ!」
いつものように強引に振りほどくと、厚木さんと高酉の姿が目に映る。
「待たせてごめんね。土路クン」
「……」
厚木さんは下はホットパンツタイプに上はビキニ。どちらも水色にハイビスカス柄の夏真っ盛りをイメージさせるような彼女らしいチョイス。思わず凝視しそうになるところを、なんとか抑えて平静を保つ。
こちらも素数で対応。
高酉もビキニタイプだが、胸元に白地にリボンをあしらったかわいらしいもの。ビキニというよりはセパレートタイプかな。上は一見タンクトップの短いものにも見える作りなので、リボンのおかげで胸の小ささはあまり目立たない。下はフリルのスカートが付いたものだった。
隣の蒼くんが熱い眼差しを高酉に注いでいる。その事に気付いて、彼女も少し頬を染めていた。
「おまたせ」
「あっついね、今日も」
そして、その後ろからは案山と志士坂がやってくる。
案山は紺の競泳タイプの水着だが、メリハリのあるモデル体型なので周りの男共の視線集めていた。
志士坂はオレンジの鮮やかな花柄のワンピースタイプ。子供っぽくもなく、ここ最近、地味な傾向な志士坂にしては珍しいチョイスだった。
「ここのレインボーかき氷が絶品って噂なのよね」
案山はプールよりもデザートの方に夢中のようだ。この食いしんぼキャラが! ま、いいけどさ。
志士坂は近づいてくると、俺の耳元で囁くように告げる。
「言われたとおり細工してきたわよ。バレないかってドキドキしたんだからね」
と、いつものように罪悪感に塗れながら俺の考えた工作を実行する彼女。本当なら褒めてやるのが上司たるものの役目なのだろうが、そんな優しさを与えるわけにはいかない。
志士坂には徹底的に俺を嫌ってもらって、それで独り立ちしてもらうのが彼女のためにもなる。俺なんかに固執しても幸せになんかなれないんだから。
「あとは打ち合わせ通りやれよ」
俺も小声で告げる。高酉にも厚木さんにも気付かれてはいない。が、黒金がちらりとこちらを見る。
プールに連れてきている時点で、こいつらにバレるかもしれないということはわかっていた。そもそも、黒金は俺のことをけっこうよく見ているからな。
ここは不自然に無視するのではなく、仲間に引き込む方向で持っていく。というか、仲間になられてもやることはないので、せめてこちらの工作の邪魔をしないように誘導するだけだ。
「黒金。昼飯賭けて競泳プールで勝負するか?」
「もー、せんぱい! 普通に泳いであたしがせんぱいに勝てるわけないじゃないですか」
誤魔化しも含めて、黒金にそう提案すると近くにいた案山が話に加わってくる。
「土路君。デザート込みの昼ご飯代なら私が勝負してもいいわよ」
不適な笑みを浮かべる案山。たぶん、負けるだろうな。この勝負。あいつ元カースト上位だけはあって、文武両道なんだよ。しかも食い物がかかっている。
まあ、勝敗はどうでもいい。高酉と蒼くんに過剰に干渉しないように持っていくことが今日の俺の役目だ。
「いいぜ、勝負しよう」
そう言って案山の言葉に乗る俺に、黒金はしれっとこう告げる。
「あたし、案山せんぱいに賭けますね」
「俺じゃねーのかよ!」
脊髄反射で黒金にツッコミを入れる俺に、案山が不敵な笑みを崩さずに言う。
「土路君って水泳の授業であんまり目立ってなかったわよね」
「やっぱしぃ」
黒金が憐れんだ視線を俺に向けた。
「俺は頭脳派なんだよ!」
俺の見苦しい言い訳に案山が勝ち誇ったかのようにこう告げる。
「あら? 勝負前から諦めているわけ?」
「いや、やってやろうじゃねえか。あとで吠え面かくなよ!」
演技とはいえ、イキる自分が情けなくなってきた。
そうやって俺が二人の気を惹いている間、志士坂は蒼くんと高酉、厚木さんと一緒にプールサイドでボール遊びをしていたようである。
その後、案山との勝負は予定通りに負けて、かき氷を奢らされるはめになる。
過剰に憎まれ口を叩いたり目立った行動をし、二人が志士坂たちに向かないようにした。まあ、この二人になら、どう思われようが構わない。
黒金に至っては、これで俺のことを軽視するようになれば万々歳だ。俺と一緒に居たっていいことなんてない。ほんとは昔のオタサー姫状態の方が幸せなんじゃないのか?
ところが、妙なところで勘が働いたのか、黒金がこそりと耳打ちしてくる。
「せんぱい、わざと負ける勝負を受けたんですよね?」
思わずマジマジと黒金の顔を見つめてしまった。
「……」
「やだぁ、せんぱぁい。そんなに見つめられると照れますよぉ」
「……まあ、いいや」
俺は彼女がどこまで気付いているのかを確かめることなく、昼になるまで黒金と案山と適当に時間を潰した。
**
施設の中央にある水着で入れるレストランで厚木さんたちと合流する。
「土路くん。二人はわりと良い感じだよ」
志士坂が柔らかい笑みを浮かべ俺に報告する。この『二人』とは高酉と蒼くんのことである。
「了解。では、次の作戦に移行するか」
俺の言葉に、穏やかだった志士坂の笑みが少し崩れる。
「ほんとにするの?」
「当たり前だ。このままだと二人は、自分の気持ちに気付かないままだ」
その返答に彼女は、深い深いため息を吐いてしぶしぶ了解する。
「わかったわ。予定通りやるわよ」
「悪いな」
思わず謝罪の言葉が零れてしまう。本来なら、こういう優しさは志士坂の為にならない。徹底的に嫌な奴に徹するべきなのだが……。
「あたしのほうこそゴメン……まだ迷ってるのかも」
俺は指示するだけで、志士坂は実際に行動を起こす役割だ。彼女の心の負担が大きいのは承知している。
「誰かが不幸になるわけではないぞ」
俺は平然とそう告げる。いや、そう演じる。
「それはたぶん、あたしたちの目に見える範囲でのことでしょ? 本来なら確定されていた未来はあなたの策略によってかなり歪んできている。もしかしたら、あたしたちは取り返しのつかないことをしているのかもしれないって」
「……」
俺にとっての優先順位は厚木さんだ。彼女が助かるのであれば、世界が歪んだっていい。
「ごめん……もう言わないつもりだったのに」
志士坂が目を伏せる。厚木さんに入れ込んでいる俺でさえ僅かに迷いはあるのだ。強引に俺の作戦に付き合わせている志士坂に迷いがないはずはない。
「志士坂。おまえは俺の命令を考えずに実行するだけでいい。おまえは俺の奴隷なんだろ?」
彼女と最初に結んだ契約。冗談ではあったけど、彼女の心の負担を減らせるのならそれを理由にすればいい。
「そうだね。あたしはあなたの奴隷。あはは……なんか、他の人に聞かれたら変に思われそうだね」
志士坂がいつものように苦笑いをする。その表情に心が痛んだ。
というのも、俺は作戦の全容を彼女には伝えていない。なぜならば、最終的な作戦には志士坂自身も組み込まれているからだ。
**
午後も黒金と案山と適当に遊んで時間を潰していると、遠くの方で聞き慣れた声の短い悲鳴が聞こえる。
「きゃ!」
そちらの方を見ると、流れるプールの一角で高酉と蒼くんが抱き合っていた。よく観察すれば高酉の水着の上が外れて流れていってしまっているのが確認できるはずだ。
これは俺が志士坂に頼んで細工してもらった結果だ。
彼女の水着の上は、背中が紐で固定されているタイプなので、志士坂に頼んでそこに切れ目を少し入れておいてもらったのだ。
それだけでは紐が外れるタイミングが計れないので、プールにいたガキを買収して蒼くんの隣にいる時に、高酉の背中にバナナボートで突っ込んでもらう手筈となっていた。
水着の上が外れて流された高酉は悲鳴を上げて、胸を手で隠しながら水の中に潜る。そして、蒼くんは高酉の異常に気づいて彼女を庇うように抱き締めたという顛末である。
厚木さんが泳いで高酉の水着を取りに行くも、その場で着るわけにはいかないので、蒼くんに抱きついてフォローされながらプールサイドへと上がる。
そしてタオルを借りてきた志士坂が高酉の体をそれで包み、更衣室へと戻っていったのだった。
残された蒼くんは心配そうに高酉を見送るが、頬が少し赤い。
それは高酉も同じだろう。多少なりとも気のある男女が互いに肌と肌を触れあって、相手を意識しないわけがない。
「どうした?」
俺たちは何食わぬ顔で蒼くんの元へと行く。
「え? あの、ちょっとトラブルがありまして」
彼は顔を真っ赤にして俯く。高酉に気を遣って、恥ずかしい事実を言うことを躊躇っているようだ。
「せーんぱい」
黒金が俺の右腕を引っ張って、どこかへと連れて行こうとする。
「おいおい、なんだよ?」
そんな黒金が俺の耳元でこう呟いた。
「これってせんぱいの策略ですよね? 何を企んでいるんですか?」
勘の良い黒金は、俺の策略に気付いてしまったようだ。
バレてしまったなら、完全に仲間に引き入れるしかないか。
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