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第67話「記憶にまつわるエトセトラなのです」
黒金は俺の能力の話を文芸部の皆に話せという。
「信じてくれるわけないだろ!」
俺は呆れたように言い放つ。だが、志士坂が落ち着いた声で「ねぇ、土路くん」と声を上げた。
「あたしも涼々も土路くんの話を信じたのは、あなたの言葉や行動を見てきたからよ。文芸部のみんなも、あなたのことをよく知っているはず。あなたが非論理的なことや、無責任な作り話をしないことは理解していると思うの」
「そうですよ。みんなに話せば、協力を得るのも簡単だし、問題を解決する確率が上がるんじゃないですか?」
志士坂も黒金も俺を説得しようと一生懸命にそう主張する。
「けど、厚木さん自身の自殺を阻止した話はできない。本人にその話をするわけにはいかないだろ。精神的なダメージが半端ないと思うぞ。それに案山はそもそも厚木さんの性的指向を知らない。本人の口からでなく、俺が話すはマズイって」
「厚木せんぱいはズルいです。せんぱいが、どれだけ頑張ってきたのかを知らないんですから」
黒金は拗ねたようにぷいを横を向く。でも、それは俺の事を思ってくれての苦言だ。
「しかたないだろ」
「ねえ、土路くん。話すのはあなたの能力とリセットのこと、あとは案山さんと高酉さんたちの未来に何が起こるかだけでいいんじゃない?」
志士坂が柔らかな笑みでそう提案する。
「いきなり未来予知VSリセット能力じゃ、説得力ないんじゃないか?」
「あたしや涼々のことは話せるでしょ? あと、案山さんの件も」
志士坂はそう付け加える。
「まあ、あれは厚木さんの自殺が直接絡んでないからな」
「そうですね。それだったら文芸部のみんなも納得できる話になると思いますよ」
黒金も俺を説得しようと必死だ。
「大丈夫なのか?」
「じゃあ、聞いてみればいいんじゃないかな? 悪魔さんに」
志士坂がそんなことを言いながら右手を差し出す。俺に触れさせてラプラスに聞けってことか。
「わかったよ。とりあえず演算してもらう」
そう言って志士坂の手に触れた。
結果的には、問題はなかった。
試しにと、高酉と蒼くんの件を話す事を演算してもらったが、これに関しては黙っていた方がよさそうだった。二人を無理矢理くっつけたなんて知れたら、二人の未来が歪むらしい。
さらに高酉がぶち切れるようだ。
**
次の日、部室に皆を呼び出しだ。
全員もれなく暇だったらしい。約束の1時間前には部室に集まる。なので、前倒しで説明することになった。
ただ、厚木さんだけは表情が暗い。いや、表面上は明るく振る舞っているが、その笑顔が本物でないことに俺は気付いてしまう。
まだ、高酉への告白の件を引きずっているのか?
志士坂を彼女にぶつけるというアクロバティックな策略を保留にしたままだから、彼女の心はまだ完全に安定していないのだろう。
だからといって、あのやり方を繰り返すつもりはない。
悩んでいても仕方ないので、まずは目先の問題の解決からだ。
例によってホワイトボードは図書室から借りてきた。
「今から話すのは作り話じゃない――」
俺がラプラスと出会った時のことから、現在までの話せる状況を話していく。昨日黒金に同じ説明をしたので、ちょっと二度手間になったのが面倒くさかったが。
高酉はずっとジト目で俺を睨んでいる。「あんたの話なんか信じられないわ」とでも言いたげだったし、案山も同様に懐疑的な視線を向けていた。
なので、サイコロを6つ同時に振ってその目をすべて当てる。というのを10回連続で行った。もちろん、細工がないか調べさせたし、10回連続で当てるのがどれだけ人知を越えた能力なのかを案山自身に説明させる。
「……」
「確率的には神の領域だけど、普通に手品でありそうな手だよね?」
高酉が驚いた顔をしていたが、案山はまだ疑っている。しかたがないので、案山本人とジャンケンをして100回連続で勝つ。もちろん、一回一回ラプラスを呼び出していたので、めちゃくちゃ面倒くさかった。
さらに案山自身の財布から10円玉を取り出させ、彼女自身にコイントスをやってもらい、それも100回連続で当てる。
「参ったわよ。認めるわあんたの能力」
「降参よ。そうね、未来予知の能力でもない限り、そんな芸当は無理だわね」
悔しそうな顔の高酉と案山。それでも潔く負けを認めていた。
そんな中、厚木さんがぽつりと言葉をこぼす。
「やっぱり土路くんは、わたしのことずっと守ってくれていたんだね。なのにわたし……」
厚木さんは俺をフったことをずっと悔やんでいたのだろう。彼女の頭脳であれば、俺が話したこと以外にも彼女自身を助けていたことにも気付くはず。
もしかしたら、あの告白の日に何があったのか、なぜ高酉と蒼くんが付き合うことになったかも理解してしまったのかもしれない。
だた、それを気にしている時間はない。
「これまでは俺の……というか、相棒の悪魔のおかげで不穏な未来は事前に察知して、それを阻止することができていた。けど、因果律ではない生身の能力者の出現によって、それも危うくなってきている」
リセット能力者のことを話すのはこれからだ。俺は続ける。
「未来予知を信じてもらったばかりで、またトンデモナイ話をするのも忍びないのだけど、俺が今日を迎えるのは二度目だ」
案山が声を上げ、高酉もそれに続く。
「二度目?」
「どういうこと?」
志士坂と黒金はすでに知っているので、おとなしく黙っていた。
だが、厚木さんがぼそりと、いつもとは違うトーンでこう告げる。
「ループ? いえ、この場合はまだ一回だし、リセットなんだろうね」
「俺は案山が誰かに殺される現場を阻止したあとに、過去に戻された。厚木さんの言う通り、俺の視点ではリセットされたようなもの」
高酉が驚いたように声を上げる。
「ユイコが殺されるの?」
「前回は阻止した。けど、犯人らしき人物を捕まえようとしたが、逃げられたところでリセット。12日前に戻された。今回は、事前に案山に声をかけて現場に近づけないようにしただけだから、単純に殺される日付が延びただけだ」
案山は他人ごとのように苦笑いしながらこう呟いた。
「誰なの? まあ、私は怨みを買うようなタイプだから、殺されても不思議じゃないけどね」
彼女がカースト上位にいたころはその権力でやりたい放題だったからな。それを反省しているのだろう。
俺は家から持ってきた封筒を取り出し、中に入っているプリンタで出力した画像をホワイトボードに貼っていく。
「これが監視カメラで撮った犯人一味らしい人物だ」
一枚目を貼ったところで再び高酉が声を上げる。
「まりさ!?」
無理もない。それは厚木さんに似た人物の写真だったからだ。
「よく見ろ。ホクロがあるし、顔つきが微妙に違う。こんな笑い方、厚木さんはしねえよ」
高酉には、俺の方が厚木さんを知っている的なアピールをする。こういう時じゃないとマウントとれないからな。彼女も早とちりしたことを早々に認める。
「あ、そうか」
俺が次の写真を貼ると、今度は案山が反応する。
「ハナ?! そうね、私、あの子にはかなり嫌われていたし」
彼女はそう言って、少し落ち込む。ボードに貼られたのは多聞花菜らしき人物。この段階では本人かどうかの確認はとれていない。
そして最後の写真を貼ったところで、予想通り厚木さんが反応した。
「斉藤クン?!」
そこに映るのはクラスメイトの斉藤。そして、厚木さんの幼馴染みだ。
「黒金が見た瓜二つの人物かもしれないし、うちのクラスの斉藤である可能性もある」
俺のその見解に、高酉が問いかけてくる。
「ねぇ、その3人のうち、誰がリセットの能力を使えるの?」
「今の段階で能力者の特定はできないし、誰が主犯かもわからない」
俺たちが唯一、敵に後れをとっているもの。そしてそれは、致命的なものでもあった。ただし、こちらから策略を仕掛ければある程度の特定は行える。
3人のうち誰かが『リセット使い』であれば、個別に仕掛けて能力を使わせればいい。各個撃破の要領だ。
とはいえ、能力者の特定だけで、相手の能力を封じられるわけではない。
それを危惧してか、高酉がこんな質問をしてくる。
「どうするのよ? 捕まえようとしてもリセットをかけられて逃げられちゃうんでしょ?」
「まあな」
そもそも特殊能力への対応なんて一般人ができるものではない。それは、予知能力を持つ俺でさえも例外でない。
そこをなんとか突破するためには、皆の考えを聞いて些細なヒントでも掴むしかない。
案山が控えめに手を上げて発言する。
「ねえ、土路君は未来予知が使えるんでしょ? で、相手はリセットが使える。これってさ、千日手になるんじゃないの?」
さすが案山だ。今回の件の根本的な部分に気付く。
「そうだな。俺がいくら未来を変えようと、相手の気に入らない未来となればリセットされる。たぶん、それの繰り返しになるだろう」
どちらにとっても、相手の能力は不愉快なものだろう。
「将棋ならルールで千日手そのものをやめさせることができる。けど、敵はそんなルールには縛られない。だから、千日どころじゃなくなる。相手次第だけど、無限ループに近い状態になるわ」
案山の言う通りである。
「だから、基本的には消耗戦。どちらかが根を上げるまで続くだろう」
覚悟を決めたその言葉に、納得がいかなかったように高酉がこう告げる。
「あたしたちはいいけど、記憶を持つあなたはどうなるの? そんなことに精神が耐えられるの?」
めずらしく高酉が俺の事を心配している。雨でも降らなきゃいいけどな。
「それは相手も同じだよ。だから少しでも有利にするためにみんなに話したんだ」
「けど、あんたはこれまでずっとみんなのことを助けてきたのに、それをこれからもずっと永遠に行わなきゃならないんだよ」
「覚悟はできている」
厚木さんのために死力を尽くす。そんなことはとっくの昔に決めていたことだ。
俺の言葉に、黒金が大きくため息を吐く。
「今日のせんぱいはかっこつけすぎですよ。みんなにもっと頼ってください」
「そうよ。土路だけに押し付けるのは気が引けるわ」
高酉が珍しく協力的な発言をすると、案山もそれにのっかるように問いかけてくる。
「そのための対策会議なんだよね?」
「まあ、そうなんだが」
皆からの好意的な言葉に圧倒されながら頷くと、黒金が場を仕切ろうと立ち上がった。
「だったら早いところ話し合いを始めましょう」
そうして、俺たちの戦いの準備が始まる。
**
まずは敵の目的と能力者の特定。安全さえ確保できれば、リセットで逃げられたとしても構わない。
ただ、一つだけ気がかりなことがあった。
それは記憶。
リセットされても記憶が残るのは俺と敵側だけだ。案山もこんなことを言っていた。
「あんたの未来予知の話はある程度は信じられる。だけど、リセットの話は完全には信じることができないの」
「え? なんでですか、ユイコせんぱい」
案山の意見に黒金がそんな風に問いかける。まあ、他のみんなも同じ感じだ。だが、俺には彼女の言い分が理解できる。
だから案山が話し出す前に、自分なりの見解を答えることにした。
「記憶ってのは脳に刻まれる。まあ、脳以外の身体のどこかに保持されるって説もあるから、脳だけが重要ってわけじゃないが、いずれにせよ、自分の身体に記憶が保存されるってのが常識的な考え方だ」
だからこそ、リセットされて記憶が保持されるってのもおかしなことなのだ。
「なんだ。土路君も気付いてたんだ」
「俺だって最初は自分の記憶を疑ったからな」
「まあ、考えられることとして、土路君自身が生身のままタイムスリップしてきたって可能性があるよね」
それが自然な考え方だ。ただし『現実的に時間移動が可能かどうか?』との問題はおいておくとして。
「ああ。ただな、その説は否定される」
「どうして?」
「リセット前に俺は、右手を足場の板に引っ掛けて切り傷を負った。けど、それはリセットで元通りになっている」
「傷口がなくなってたの?」
「ああ。だからタイムスリップ説はあり得ない。だからこそ、リセットという言葉を使ったんだよ」
こんな感じで記憶に関する話が出たが、結局のところ納得のいく答えを見つけることはできなかった。
とはいえ、敵の目的と能力者の特定に関する作戦を立案することはできた。リセットで逃げられたとしても、次の作戦ではかなり対策できるはずである。
ただ、気になったのは会議の間中、厚木さんがずっと沈んだ顔をしていたこと。
厚木さんが自殺する予定だったことも、彼女自身が同性愛者であることもすべて伏せて話したというのに……。
作戦会議が終わると、その場でお開きとなる。
各々は荷物を持って部室を出て行った。
「せんぱい。また明日!」
「土路君。記憶の件で何かわかったら教えてね。私、そういうとこ気になるから」
「しょ……土路くん。じゃあね」
黒金と案山と志士坂の3人が部室を出ていき、高酉も扉の前まで行くとこちらを振り返り厚木さんに声をかける。
「あれ? まりさは帰らないの?」
「うん、ちょっとね。アリスは先に帰ってて……というか、うち来るんでしょ? 蒼に会いに」
「べ、べつにあの子とイチャイチャしたいわけじゃないんだから、勘違いしないでよね」
二人がラブラブで幸せそうだってのが伝わってくる。本当にうらやま……けしからん!
「うふふ、アリス、ツンデレになっているよ」
「まあ、いいわ。先に行ってるから。またあとで」
「うん。じゃあ、また」
扉が閉められ厚木さんとふたりきりになる。
何か話があるんだろうなってのには気付いていた。
「土路クン。ごめんね、ちょっとお話したいことがあるの」
「ん? なに?」
俺は話しやすいようにと軽い感じで受け答えをする。彼女の表情から、それが重い話である可能性も高いからだ。
一度フられているから、その話でないことは確かだが、それでも少し緊張する。
「あのね……」
厚木さんが口ごもる。言いにくいことなのだろうか?
「……」
俺は無理に続きを促すこともなく、静かに彼女の唇が動くのを待った。
「リセット前、あなたはあたしのために、もっとも効率の良い救済を行ったんだよね。でも、その裏で志士坂さんとあなたは深く傷を負った」
心臓を鷲づかみされたような衝撃だった。
「まさか、厚木さんもリセット前の記憶があるの?」
それだけじゃない。厚木さん自身が俺たちに救われたというカラクリにも気付いている。
どういうことだ?
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