第68話「リセット能力者を探せ!なのです」

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第68話「リセット能力者を探せ!なのです」

 厚木さんはリセット前の記憶を持っていた。それが何を意味するかは、俺がよくわかっている。 「黙っててごめんなさい。わたしも夢だって思ってた……けど、今日の土路クンの説明でそれが現実だって気付いたの」 「……」 「わたしはたぶん、アリスに酷い拒絶をされたら、自分を保てなかったと思う。そのショックを和らげる為に、あなたは奔走したんだよね。蒼とアリスをくっつけたのも、同じ境遇にさせたリオンをわたしの側に置いたのも、あなたが文芸部を辞めて一人になったのも、全部わたしのためだってのはわかってる」 「……」  これは想定外。前回の俺の失策が全てバレてるのが気まずい。 「でもさ、無理はしないでって言ったよね?」  悲しそうな、それでいて包み込むような穏やかな顔で厚木さんは俺を叱る。  ここまで来たら全部話すしかないか。 「けど、厚木さんが高酉に告白した日、俺たちが介入しなかったら、厚木さんは絶望して自殺していた。そんなのは俺が許さない。俺は俺のワガママのために助けたんだ!」 「それでも、リオンやあなた自身を傷つけるのはよくないよ」 「わかっているよ。だから今回は保留にしたんだ……まだ、厚木さんを助けられていないんだ」  それが一番の心残り。俺はまだ君を救えていない……。 「わたしは……そうだね。最近、心が不安定になってきている。前はもっとうまく考えられたのに、どんどんわたしは追い詰められているのかもね」  そう。前の厚木さんなら、俺なんかよりうまく問題解決能力を発揮している。それが今では、その能力はどんどん鈍化している。原因は高酉とのことだろう。 「俺はどうしても厚木さんを助けたいんだ」 「でも……どんなにわたしのために尽くしても、あなたの想いに応えることはできないんだよ」  彼女の口からその言葉を聞くのは、二度目であってもつらい。 「それはわかっているよ。たださ……」  俺は一呼吸置いて、一気に自分の想いを語る。 「俺、厚木さんのことも好きだけど、この部活も、部員のみんなも大好きなんだわ。この場所は俺にとっては何が何でも守りたい場所なの。みんなのためにも厚木さんを助けたい。それが俺の望みだよ」 「だからあんな無茶したの?」  志士坂を傷つけ、俺自身も傷つくという、今考えればハッピーエンドとはほど遠いやり方だ。 「やり方を間違えたのは反省している。実はリセットされてほっとしている自分もいるんだよ。本当は、全員を幸せにしたい。だから、今度はさらにベストな方法も見つける。厚木さんも志士坂も黒金も案山も高酉も、みんな笑える未来にしたい」  これは女の子全員を俺に惚れさせるようなハーレムを作りたいわけではない。平凡でもいいから小さな幸せを維持したい。ただそれだけなのだ。 「……土路クンらしいね」 「みんなを幸せにするんだから、厚木さんも協力してくれるよね」  こうなったら強引に彼女を巻き込めばいい。部員の皆が幸せになるために。  俺は、有里朱さんに聞かれて保留にしてしまった『幸せ』の意味を本気で考えなければならないのかもしれない。曖昧なままじゃ、厚木さんどころか、自分も納得できないだろう。 「うん。それはわたしの望みでもある。もちろん、みんなの中にあなたも入っているんだよね?」 「……」  思わず沈黙してしまう。まだ良案が見つかっていないために、それを確約することはできない。 「わたしはね……勝手かもしれないけど、土路クンにも幸せになってほしいの」 「……」  ずっと先延ばしして誤魔化している自分の未来。彼女の幸せだけ願って、そして俺自身はどうなるのか。  厚木さんと付き合えないことは確定している。それでもなお、彼女にこだわり続けるのか? もう、諦めたほうが幸せになれるのではないのか?  そんな悪魔の囁きが聞こえてきた気がした。 「その言葉だけで十分だよ」  結局、彼女の前では強がりを言ってしまう。でも、それは正解だ。今のこの状況で思考にノイズを入れるのは得策ではない。  俺の中の想いは、リセット能力者の件が片付いてから決着を付ければ良い。  ……と、威勢のいいことを言っているようで、実は先延ばしにしている優柔不断なだけではないのかと、最近気付き始めていた。 **  各個撃破は戦術的にも優れた兵法である。  多勢の敵と真っ正面から当たるのではなく、分断して少数にしてから大軍にてそれを蹴散らす戦法だ。だからこそ、こんな基本的な策略を使わずにはいられないだろう。  ひとまず、能力者として最有力候補である、あのゴスロリ女に絞って調べることにした。文芸部の全員を使っての人海戦術なので、わりと早くに情報は集まる。  彼女の名前は『西加和(にしかわ)まゆみ』という。淡球磨(あわくま)中学の生徒で年齢は13歳。現在中学二年生だ。  斉藤の家の近所の子で、親同士が仲良く、彼にとっては妹のような存在であったという噂を聞く。彼女は一方的に斉藤を慕っているらしい。  中学に入って落ち着いたものの、クラスメイトの話によると、彼女の話題の半分以上は斉藤のことだそうだ。それくらい彼に惚れ込んでいるという。  顔はたしかに厚木さんに似ているが、それは髪型だったり、プチ整形だったり、なんとかして似せようと頑張った結果である。  たぶん、斉藤が厚木さんに入れ込んでいたので、振り向かせようと努力したのであろう。ある意味、一途な子である。  というわけで、前に監視カメラで撮った映像の斉藤らしき人物は、本人である可能性が高くなってきた。  西加和まゆみが『斉藤以外の男と行動を共にすることなどないだろう』という推測もある。  これも、もう少し調べていけば解明していくはずだ。  さて、話は戻る。  仮に西加和まゆみが能力者であるなら、何か緊急事態に陥ったときにリセット能力を発動するはずである。  そのためには、斉藤や多聞たちとは別行動の時に、策略を仕掛けなければならない。  彼女を孤立させ、仲間の与り知らぬ場所でリセットが発動されれば、彼女が能力者であることは確定なのだから。  これぞ各個撃破戦法……いや、ちょっと違うか。  もし彼女が能力者でないのなら、次は多聞か斉藤を孤立させて仕掛ければいい。  こちらは未来予知というアドバンテージがある。確実に敵を追い詰めていけばいいのだ。 **  SNSのグループトーク経由で高酉からの報告が届く。 ――【斉藤君は駅前のドルチェラにいるわ】  添付されていた画像はコーヒーショップでスマホを弄っている斉藤の姿だ。  高酉は現在、蒼くんと一緒にいる。いちおう変装をして斉藤にはバレないように尾行させていた。  高酉は志士坂の協力でギャルメイクを施し、蒼くんも同じくギャルメイクの女装だ。よく街で見かける小悪魔女子校生の二人組という設定で尾行してもらっている。 ――【ハナは学校の自習室にいるよ。勉強してるみたい】  案山からもトークルームに書き込みがあった。こちらも添付画像付きだ。彼女は現在、黒金と一緒に行動してもらっている。何かあったときのために、ツーマンセルは基本だ。  案山もバレないようにと、雑な三つ編みで厚いレンズの眼鏡の弱気な女子を演じてもらっている。これなら元同じグループだった多聞もわからないだろう。  黒金は案山と一緒のチームとはいえ、少し離れた席で多聞を監視する。彼女も眼鏡をかけ、地味な格好に変装していた。 土路【西加和と合流しそうな動きがあったら連絡をくれ】 高酉【り】 案山【了解】 黒金【り】  さて、これで3人の位置がバラバラであることが確認できた。あとは西加和に仕掛けるだけである。 「準備はオッケーだ。彼女が動いたら、作戦を開始するぞ」  俺はファストフードの席で待機していた厚木さんと志士坂に小声でそう告げる。俺たちは、昼食を食べている西加和まゆみを尾行していたわけだ。  さて、うちらの変装だが、少々趣向を凝らしている。  俺は女装……ではなく、今回はチャラ男を演じていた。ロン毛の茶髪のカツラを被り、ルード系ファッションを身に纏う。  志士坂は得意の強めのギャルメイク。小悪魔ではなく悪魔よりの女子高生。こいつはメイク一つで強キャラを演じれるのが凄いところ。  そして厚木さんはというと……。 「そういえばさ。厚木さんのその制服ってどこで手に入れたの?」 「これはね。お母さんが昔に着てた服なんだって。なんか、すごい思い入れがあるみたいだよ」」  嬉しそうにそう語る厚木さんの格好は紺のセーラー服だが、スカート丈はかなり長く、くるぶしくらいまでありそうだった。  いわゆる改造制服の部類か。制服の至る処に刺繍がしてあり『夜露死苦』とか『仏恥義理』とか『暴走天使』などとわけのわからない文字が窺える。  そういう感じの不良少女(ヤンキー)って絶滅したんじゃなかったけ? いや、グンマーの秘境で見たという噂を聞いたことがあるな。 「志士坂はどう思う?」 「一回りしてアリなんじゃないかな?」  彼女は苦笑いしてそう答える。うん、まあ、インパクトはあるから構わないだろう。そのせいか、近くの席の客にチラチラ見てくるような状況である。 「土路クン、マユミちゃんが動いたよ」  厚木さんがそう告げて立ち上がる。俺が西加和まゆみに視線を戻すと、彼女は階段近くにあるゴミ箱の上に空のトレイを載せているところだった。  俺たちは急いで彼女の後を追う。  彼女が人通りの少ない道へと入ったところで、先回りをして彼女とすれ違うという状況に持っていく。  そして、いかにも頭のネジがぶっ飛んでいるのではないかという厚木さん@暴走天使と西加和まゆみが接触――肩がぶつかる。 「ああ?!!!」  歪んだ顔で厚木さんが西加和まゆみにメンチを切る(にらみつける)。思わず笑いそうになるが、俺も演技のスイッチを入れた。 「姐さん大丈夫っすか?」 「そぎゃうらおふうっか?」  何言ってるんだかわかんねえよ!  厚木さんはたぶん、なにか強烈な事を言おうとして、自分で笑ってしまい、それをこらえるために無理矢理言葉を出したんで噛んだわけか。演技に関しては上手いとはいえないからな。  それを見て志士坂が助け船を出す。西加和に向かって凄むようにこう告げた。 「あんた、ちょっと(つら)貸しな」 「え?」 「人にぶつかっておいて謝りもしないの?」 「あ、あの、その……ごめんな――」 「おそいよ。いいから、こっち来な」  志士坂が彼女の腕を掴む。この段階でリセット発動の兆候はなし。  さらに路地裏まで連れ込もうとする間、西加和まゆみは大粒の涙を流し、恐怖で身体が震えている。  かわいそうではあるが、こいつって案山のことを殺そうとしたわけだから、同情の余地はないわな。  路地裏に入ると、志士坂が打ち合わせ通り彼女の腕を放す。  これで、身体の自由は確保されたわけだから、リセットの発動条件に何か器具を使うとか、特定の身体の動きが必要、ということにも対応できるはずだ。  しばらく待つが何も起こらない。十分恐怖を与えているように思えるが、もしかしたらまだ危機的状況と思っていないのかもしれない。  よし、切り札を発動させるか。 「姐さん。こいつどうしましょう」  俺がそう切り出すと、厚木さんは取り出したサバイバルナイフの刃の部分を舌で舐め回すと(実はゴム製の玩具だ)、それを西加和まゆみに向ける。 「コノコオイシソウ。キリキザンデ、タタイテ、ミンチニシヨウ」  ノリノリだな、厚木さん。そんな楽しそうな彼女とは逆に、西加和まゆみの顔はだんだんと強張っていく。 「あっ、あっ、あ……あぁぁぁぁぁ」  あまりの恐怖に彼女の腰が抜けたのだろうか、そのままへたり込むようにぺたりと地面に座り込むと、そこから水分のようなものが溢れ出してくる。失禁したか。  ここまでやってもリセットを使わないとすると、彼女が能力者である可能性は低い。 「撤収するぞ」  俺のその言葉に、厚木さんは「ごめんねぇー、驚かして」と西加和に向かってネタばらしをして、フォローする。  まあ、彼女が今回のことを斉藤に告げることはないだろう。自分が惚れている相手に、自らが失禁しました、なんて恥ずかしいエピソードを語れるはずがないのだから。  とりあえず、スマホで映像は撮っておく。「誰にも言うなよ」という脅しもできるようにだ。  さあ、これで西加和まゆみが能力者でないことがわかった。  あとは多聞と斉藤のどちらかが『リセット使い』だということだろう。
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