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第69話「各個撃破は戦術の基本です」
「球沙の演技、凄かったねぇ」
「そうかなぁ? いやいや、リオンにはかなわないよぉ」
厚木さんが凄かったのは演技というよりも、デタラメ過ぎて底が知れない恐ろしさだろう。
志士坂のようにぶれないキャラ設定ではなく、『何をしでかすかわからない』という怖さだ。なので相手も恐怖で震えるしかない。
緻密な計画を立てる俺に対して、厚木さんはその場の状況に合わせて適切なアドリブを行う。
それぞれの方向性の違いが、今回の作戦には色濃く出ていた。時代錯誤な改造制服もそれなりの効果があったのだろう。
志士坂の演じたキャラは日常でよくいそうだが、厚木さんの演じたキャラは非日常的だ。あんなのが現実にいたらマジで恐ろしいって。
「次は予定通り多聞に仕掛けるぞ。まあ、予想としては斉藤が能力者だとは思うけどな。可能性は確実に一つずつ潰していこう」
俺のその推測に志士坂が不思議そうに問いかける。
「どうして斉藤くんだと思うの?」
「斉藤の場合、奴が行動を起こす理由に、一つだけ心当たりがあるんだよ。それは奴が能力を持っているからこそ無茶をする理屈でもある」
それは奴の初恋に関連していた。
**
多聞花菜への各個撃破作戦が始まる。
まず、彼女の場合は変装していたとしても、直接対峙するのはあまり好ましくない。何しろ、同じクラスだし、案山の件で少し関わりを持ってしまっている。
変装がバレる可能性を考えると西加和まゆみのような策略はとれない。
だったら逆に、全く俺たちが姿を見せない作戦をとればいい。
その方法は事前準備がいるとはいえ、単純であった。
当日、SNS経由で配置についた者たちから連絡が入る。
高酉【斉藤君は現在駅前のワクドにいるわ】
志士坂【まゆみちゃんを尾行してたんだけど、斉藤くんに会いにいったみたい。こっちもアリスと合流したよ】
SNSのグループトーク経由で高酉と志士坂からの報告が届く。添付されていた画像はファストフードでハンバーガーにかぶりつく斉藤と、それを嬉しそうに眺めながら飲み物が入ったカップを持つ西加和まゆみの姿だ。
土路【了解。そのまま尾行していてくれ】
部室で待機していた俺は報告を聞き、自習室にいる黒金に指示を出す。これはスマホではなく、スマホの音声によるグループ会話アプリを利用したものだ。
「黒金。斉藤と西加和まゆみの居場所は特定できた。多聞は今、完全に孤立している。彼女がトイレに立ったら教えてくれ」
黒金からは、ぽんぽんという、レシーバーを叩く音が聞こえてくる。これは『了解』という意味だ。静かな場所で、声を出さずに連絡を取る方法だ。
もちろん、SNSのトークルームでの文字による会話も考えたが、今回の作戦は即応性が重要だ。声や音の方が断然早い。
続いて自習室近くのトイレの側で待機している案山に確認のために問いかける。
「案山。状況は聞こえたな?」
『ええ、こちらも状況は把握できてるわ』
案山の場合は、黒金と違って周りに人がいないのでレシーバーを通して小声での会話はできるのだ。
「しばらく待機していてくれ」
『了解』
小一時間ほど経つと、黒金からコホンという咳払いが聞こえてくる。その後に、レシーバを叩く音は4回。
咳払いだけなら多聞が席を立った時の反応。だが、レシーバーを4回叩くことで、荷物は席に置いたままの移動という意味になる。これはトイレに行く確率がかなり高い。
「案山。多聞がそっちへ向かったぞ。トイレに入ったら例の処理をよろしく」
彼女からは『了解』の合図が返ってくる。
ということで、俺も案山に合流すべく、部室を出た。
トイレに近づくと案山とその反対側の壁にもたれかかっており、無言でその入り口を示す。
そこには『現在、トイレが使えない状態になっています。他のトイレをご利用ください』との看板が立てられていた。
「黒金は?」
「中よ」
それを聞くと、イヤホンマイクに向かって黒金に指示を出す。
「作戦第二段階へ移行」
黒金からは『了解』の合図が返ってくる。
それと同時にトイレの入り口辺りからうっすらと煙が溢れてきた。もちろん、トイレに設置してあった火災警報装置は無効にしてある。
「第三段階へ移行。タイミングが重要だから、準備が整ったらカウントダウンを行うぞ」
俺は部室から持ってきた板状のスピーカーを看板の裏側辺りに設置し、スマホの端子にそれを接続する。
「5・4・3・2・1・ゼロ」
ゼロというのと同時にスマホの音声再生アプリのボタンをタップする。
トイレの中からはサイレンのような音と喧騒。そして、板状スピーカーからは、同じ音声ではあるが逆位相にした加工音声が流れる。
これはノイズキャンセリングの仕組みそのものだ。
トイレの中では、サイレンの音が鳴り響き、生徒たちが逃げ惑う声が流れている。入り口付近では逆位相の音声が流れるので、音は打ち消される。
完全に消音はできないが、トイレから離れた場所では、何かこもったような『わけのわからない小さな音』が聞こえているだけであろう。
完全に無音にはできないが、これくらいなら騒ぎにはならないはずだ。
さて、多聞花菜はどう思うだろう?
きっと『火事が起きて大変なことになっている。早く逃げなければ!』そう焦るが、黒金が中に入って細工をしたおかげで扉は開かない。
さらにあせって上の隙間から這い上がって脱出しようとするだろう。が、トイレの上部分にはこれまたグリスがべったりと塗ってあって、手をかけようとすると滑ってうまく登れないという状況に陥る。
まさに絶体絶命。
命の危険がある状態で、リセット能力を持っているのなら、どうするかは考えるまでもない。
だがしかし、5分経ってもリセットは行われない。それどころか、トイレの中からは泣き声が聞こえてくる始末。
予想通り、これで斉藤がリセット能力者で確定だな。
俺は中にいる黒金と隣にいる案山に撤収を指示する。
多聞花菜は……まあ、放置しても平気だろう。
**
次の日、斉藤にも同じ作戦を行った。ただし、こちらは商業施設なので、そこで働く従業員の未来予知を見てから、作戦の微修正を行っている。
まんまと策にはまった斉藤は焦ってリセットを発動させる。この作戦の有効性は多聞で実証済みだ。
再び俺はベッドで目覚めることになる。
起きると同時にスマホに着信が入った。
液晶表示には厚木球沙の文字が。
「リセットしたね!」
彼女の第一声は興奮したものだった。これで俺たちは3度目の8月11日を迎えることになる。記憶も前回と同じく保持されているので、俺たちには何らかの条件が当て嵌められているのだろう。
「ああ、これで斉藤が能力者ってのは決まりだ。作戦も立てやすくなる」
「どうするの?」
「とりあえず……めんどくせーけど、文芸部のみんなにまた説明かな」
「そうだね。けど、今回はわたしも協力できるよ」
「うん。厚木さんがリセット前のことを知っているだけで心強いよ」
それだけが唯一の救いである。ループものは孤独な戦いを強いられるからな、そう言う意味では頼もしい。
俺は彼女と入念な打ち合わせを行うと、電話を切って準備をする。これで千日手なんてくだらない状況には持ち込ませない。
次の一手は、斉藤のリセット能力発動の条件を探ることだ。これを知ることで、俺たちは奴の能力の発動さえコントロールできるようになる。
相手を負かすことだけが勝利条件じゃない。相手の優位に立つ駒を確実に手に入れることこそが、最終的に勝利するために必要なことなのだ。
念のため、ラプラスに予知を頼む。が、前回と違い、斉藤の方針が変わったのか、最初に殺されるのは高酉と蒼くんに変更されていた。
仕掛けるのは、その時でいいだろう。
と、その前に検証することが一つある。
俺は西加和まゆみの家の最寄り駅近くにあるファストフード店に移動する。ここで厚木さんと待ち合わせをしているのだ。
俺が店内でスマホを弄ってると、店内が少しざわつく。入り口の方を見ると時代錯誤なスケバン(死語)が店内に入ってきた。いや、あれは厚木さんだ。
「おまたせ」
「その格好も慣れてきたんじゃない?」
「うん、なんかいつもの自分と違う自分になれる気がして、心がぴょんぴょんするの」
「う、うん。俺にはその気持ちは理解できないんだけどさ」
相変わらず厚木さんの思考はぶっ飛んでいた。
さて、前回、西加和まゆみを脅した格好と同じ服を厚木さんは着ている。そして、この状態で彼女と接触したらどうなるのか。
もちろん俺もチャラ男の格好をしているのだが、印象に強く残っているのはどう考えても厚木さんの姿だろう。
しばらくは店内でくだらない話をしながら待機する。小一時間ほどそうしていただろうか、その時、視線の片隅に見知った人影が映る。それは厚木さんも同じようで、小さく声をあげた。
「ね、あれ、まゆみちゃんじゃない?」
俺たちが座る席からは前の通りが見える。西加和まゆみが駅に行くなら、必ず通る道なので、彼女を見つけるにはちょうど良かった。
「よし、行くか」
店を出ると、裏通りを走って先回りする。そして、駅に上がる階段の手前で目立つようにヤンキー座りをする俺と厚木さん。
他の通行人は訝しげな目で俺たちを見ていくが、それはどうでもいい。
ようやく西加和まゆみの姿が見えてきて、俺たちをちらりと一瞥する。が、それ以上の反応はなく、普通に階段を上っていった。
「なるほど、あの子にはリセット前の記憶がないんだな」
記憶が保持されていたのなら、俺たちを見て恐怖で震えるだろう。
「やっぱり能力者のみが記憶を保持するのね」
「けどさ、だったらなんで俺たちは記憶を持っているんだ?」
そこが最大の疑問点。
俺に関していえば、ラプラスが未来予知能力という異能を持っているから、斉藤と同じ能力者って考え方もできる。
しかしながら、なんの能力もない厚木さんはなぜ記憶を保持できているのか? もしかして、彼女には覚醒していない隠れた能力でもあるのだろうか?
「言っておくけど、わたしはなんの能力もないからね」
質問を先読みされた。そんな彼女はいたずらっぽく笑う。
「未来予知にリセット……あとはなんの能力があるんだ」
「だからないって……でも、あれ? 両方とも時間に関係する能力なんだよね」
「そういえばそうだな。ということは、厚木さんもそういった感じなのかな?」
「だから持ってないって」
「今に覚醒するかもしれないよ。そうだなぁ、『時を止める能力』とか」
「それいいかもね!」
と、俺たちはヤンキー座りのまま中二病っぽい話題で盛り上がっていた。通行人には、さぞかし異様に映ったであろう。
それでも厚木さんと語り合えたことは至高の幸せだった。
**
文芸部の皆に同じ説明をして納得してもらい、斉藤への次の作戦を立案する。まあ、厚木さんの協力もあったので、今回は高酉はおとなしく聞いてくれたのだけどね。
何度も同じ事を言うのは面倒だったけど、文芸部の皆は信頼している。だから、さほど苦にはならなかった。
一度は全てを捨てて厚木さんの生存に特化した行動をとったけど、そんなんじゃダメだということは、リセット前の俺の行動結果が示している。
ノイズは不要。けど、自分の心が弱ければ、ノイズに拘りすぎて心自体が歪んでいく。
歪まない強い心が欲しいなら、自分の心を押し殺すな。
欲しい物を欲しいと思え。
だからこそ取捨選択は必要。誰もを助けるなんて不可能だけど、自分にとって大切な人を救うことは自分の幸せに繋がる。だからワガママでもいいから厳選して、全力で救済しろ。
厚木さんが大切。これは意地でも変わらない。けど、俺を含めて皆、誰かに助けられて生きている。
俺は志士坂や黒金や案山を助けたけど、逆に彼女たちの存在に俺は助けられている。
だから、欲張りだけど全員が幸せになれるルートを探したい。別にハーレムを作ろうということでもない。
想いが叶わなくても、それでも納得できる世界。お互いを必要とし、依存ではない信頼関係。
理想を追いかけているだけだと笑われそうだけど、実現しそうな物を取捨選択していくのは悪くはないはずだ。
自分の能力を過信するな。けど、過小評価はもっと愚かだ。出し惜しみせずに全力で戦え。
欲しいと誰かにねだるな。自らの手で勝ち取れ。
それは過去の失敗から学んだこと。
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