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夏の昼下がり。黒いコートを羽織って、私は家を出た。空は相変わらずどんよりと曇っているが、散歩するのに支障はないと思えた。
今日はどこへ行こうか。と言っても、この体ではそう遠くへは無理だ。いつもの公園にしよう、あそこは幾分か空気がましだ。
行く途中で一人の男とすれちがった。猫背で、伸び放題の髭に顔を覆われた男は呪文めいたことをぶつぶつと唱えながら、私の横を通り過ぎた。私は振り返って男の背を眺めていた。視線を感じたのか、男はぴたりと足を止めた。私に振り向いて、笑う。
「アヒャ!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!旦那ぁ、今日はイイイイ天気だナァ、エー?とこロデ旦那ぁ、アンタァモ、ヤッてんノかい、エエン?オレァなぁ、ししシしんでモ、クッスリナンざ、ヤラねぇンナァ!アヒャヒャヒャ、カミサマァ、わりーヤツいんゾ、テンバツ、テンバツ!」
閑散とした住宅街に、正気を失った男の甲高い声はよく響いた。最近は日常的に薬を服用する者も大分増えてきたようだが、珍しい光景ではない。
私は男を哀れに思った。救ってやれないこともないが、受け入れられないだろう。
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