初恋は何の味?

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 料理好きが高じて料理の動画をSNSに投稿し始めたが、やっぱり思ったようには人気が出なかった。 ――――「まあ、そんなもんだろ。」  大学のカフェテリアで昼飯のサンドイッチを頬張りながら、サトシは僕にそう言った。親友ながら、意外と冷たいやつだと思う。 「なんだよ、無責任だなぁ。『人気出たらサインくれよな!』とか言って一番そそのかしてたのはお前だろ?」 「別に、人気が出るとは言ってないし。っていうか、なんだかんだでお前が一番その気になってたんじゃねぇの?」  サトシの一言に、僕は苦い顔をして閉口した。確かに、『まあ趣味程度に始めるよ』とか言ってた裏では、『これで人気が出たらどうしよう!』みたいな妄想をして、勝手に舞い上がってた節があるのは事実だ。  そんな僕の様子を見て言い過ぎたとでも思ったのか、しばらくの沈黙の後、サトシは急にやさしい調子で、 「でもさぁ、少ないながらも見に来てくれる人はいるんだろ?」  と聞いてきた。 「……まあ、そりゃな。」 「じゃあいいじゃねえか。人数がいくら少なかろうが関係ねえよ。誰か一人でも自分を見てくれる人がいるなんて、それだけで十分凄くて幸せなことだって。」  それから彼は、サンドイッチの最後の一切れをひょいと口に放り込むと、「じゃ、俺次授業だから」とだけ言い残して、そそくさと歩いて行った。僕は午後に講義が無かったので、そのままアパートに帰ることにした。  でも、アパートの戸を閉めたところで、僕は急にサトシに言い返したくなった。――――「分かってるよ」  『人数なんて関係ない』  ……分かってる。  そんなこと分かってるんだ……その筈なんだ。  頭の中でそんなことをぐちぐちと反論しながら、編集用のパソコンを立ち上げた。そして、それと同時に空しさがこみあげてくる。  ――――いっそ、こんなこと止めてしまおうか。どうせ人気は出ない。他人と視聴回数を比べて辛くなるくらいなら、動画なんて上げないほうが良い。  そこまで考えたところで、ふと乾いた笑いが出る。結局人数を気にしている自分が馬鹿らしかった。やっぱり僕は、何も分かってなかったんだ。  それから僕は、昨日撮った動画を編集しながら、そこに映る自分のバカみたいな言動を嘲た。画面の中の自分はひどく人気者気取りだった。それがイラっとした。寒いおふざけをしている様にしか見えなかった。  だから、そういうところは全部カットして、音声も適当な音楽に差し替えた。そのせいで出来上がった動画は、ひどく大人しい敬語のテロップと共に、起伏無く調理の映像が流れるだけの、いつにも増してつまらない物になった。  でも、動画の面白さなんてどうでもよかった。だって、どうせ誰も見ないんだから。  投稿ボタンを押して、パソコンの電源を落とす。  それからしばらく、椅子の背もたれに身を預けて目をつむっていた。  ……しかし、そうしているうちにだんだんと焦燥感が増してきて、僕はもう一度パソコンを立ち上げた。それからSNSで自分の動画を検索する。  ――――視聴回数2。やっぱり、期待するだけ無駄だった。  ついにどうでもよくなった僕は、ベッドに身を投げて、目をつむった。やっぱり、動画の投稿はもうやめにしよう。それがいい。  しかしそう思ったとき、不意にパソコンの方から通知音が聞こえてきた。どうやら、僕の投稿した動画にコメントがついたようだ。  『本当にいつも美味しそうですね!食べてみたいです!』  確認してみると、コメント主は見慣れた名前だった。  『Nao.』――――僕が動画を投稿し始めたころからずっと見てくれている、最古参フォロワー。  ……完全にすっきりはしないものの、少し気がまぎれた気がした。彼女(本当の性別はわからないけど、僕はそう思ってる)のコメントはいつも『美味しそう』だけで代り映えしないけど、それでも、今の僕にとっては単純に嬉しかった。  なんだか気が乗ったので、僕は初めて彼女に返信してみることにした。  『いつもコメントありがとうございます。今度食べに来てくださいww』  メッセージを送ってから、少し気持ち悪かったかなと反省した。でも、彼女からはまたすぐ、  『いいんですか?じゃあ、今度食べに行きますね!dmで住所って送ってもらっても大丈夫ですか?』  と返事が来る。  驚いた。軽い冗談のつもりだったけど、彼女は本気にしたみたいだ。  何だか僕は、彼女のことが無性に気になった。  ――――せっかく向こうも乗り気なんだから、思い切って会ってみようか。僕は自然と笑顔になった。 『いいですよ、ぜひ来てください。』  いきなり初対面の人間を家に招くのはさすがに少し気が引けたので、家の近くの喫茶店で待ち合わせしたいとの旨を彼女に伝え、パソコンの電源を落とす。  それから一週間後の面会当日まで、僕はそわそわしっぱなしだった。でも、当日に喫茶店にやってきたNao.さんが本当に想像通りの若い女性だったので、僕は少し驚くと同時に、安心感を覚えた。 「まさか本当にお会いすることになるなんて思いませんでした。」  照れ笑いを浮かべながら、僕はコーヒーを啜る。向かい合うNao.さんは朗らかにやさしい笑みを浮かべながら、 「こちらこそ。でも、本当にお会いできて、とっても嬉しいです。」  と返事をした。  素敵な人だ――――不意にそう思った。  透明感のある肌、艶のある茶髪のショートボブ、一つ一つの動作の裏に見え隠れする品。Nao.さんはなんだか、この世の全ての『美しい』を一つに集めたような女性だった。  こんな人が僕の動画をずっと見てくれていたのかと思うと、感慨深いものがあった。 「なんか僕、動画撮ってて良かったです。」  意識せず、そんな言葉が口から漏れる。 「え?」 「……僕ほんとは、もう動画撮るのやめようと思ってたんですよ。でも、Nao.さんとあって、気が変わりました。」  こんなきれいな人が動画を見てくれるなら……僕のことを見てくれるなら、もう、それだけでいい。  他に誰も見てくれなくても、彼女の為に料理が出来るなら本望だと、僕は本気で思った。 「そうなんですか?ふふ、よくわからないですけど、お役に立てたなら嬉しいです。」  彼女の笑顔を見て、さらに胸が熱くなる。勝手ながら、僕は彼女のことが好きになってしまったみたいだ。  なんだかもう待ちきれなくなって、僕は彼女を家まで案内した。早く彼女に僕の料理を食べて、『美味しい』と微笑んでもらいたかった。  フライパンを握る手に、いつも以上に力が入る。彼女はテーブルの方から、そんな僕の様子を不思議そうに眺めていた。 「待っててくださいね、もう少しで出来上がるので。」 「え?あ、はい。」  少し頓狂な返事を返す彼女は、可愛かった。  それからしばらくして、料理が完成した。今回作ったのはオムライス。彼女が初めて僕に『美味しそう』とコメントしてくれた料理だ。 「よし!完成しました。」  いつも以上に凝った盛り付けをして、彼女のもとへと料理を運ぶ。 「あら、有難うございます。私のために料理までしてくださるなんて。」 「どうぞ、召し上がってください。」  緊張しながら、妙に力を入れつつ僕はそういった。 「それでは、頂きます。」  彼女は満面の笑みでそう言うと、突然立ち上がり…… 「えっ?――――」  僕の右腕の肉を噛みちぎった。 「うん、思ってた通り美味しい!やっぱり、あなたを選んで正解でした。」  彼女は口元についた血をしなやかな指先で拭うと、にっこり笑った。
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