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荒んだ心には猫という薬
「…───あ、哀原、待って!」
「他の人との先約があるからごめんねえ」
この学園に来てから堂々1位を誇る二日に渡る厄日を終えた翌日。
みんなの人気者好青年和泉くん! …と絶賛楽しく鬼ごっこの真っ只中なのはどうしてなんだろうな。
事の発端はご存知。
お人好しの枠組みに入る和泉は遠目から俺の不調に気づいたらしく、慌てて昼食を食べきってから周辺を探してくれていたらしい。
そのことを露知らずに気を抜いて聞かれてしまった俺の一人言。
とどのつまり気付けば後の祭り。
もちろん機転を利かせそれらしい言い訳を必死に述べた覚えはあるが、和泉は俺と同じく目にしたものだけを信じるタイプで信じてはくれなかった。
俺は逃げた。
適当な理由をつけて一足先に教室に戻り、佐伯先生に早退メールを送って逃げた。
結果がコレ。
明日になりゃ俺のことなんか忘れてんだろって少し高括って登校して、やっぱし話しかけてこない和泉に勝ち誇ってたらコレ。
昼休みに迫ってくる系の変化球やめろよ。下手なホラゲーよりクオリティ高えわ。
「…やっと居なくなった」
昨夜の整理をしている中でも結構本気で和泉を巻いていた俺は軽く背後を見やり、そこに人一人もいないことを確認してから漸く足を止めた。
……それにしても待てよ。
巻けたのはいいけど景色がだいぶ変わってんな。一面が新緑の芝が生い茂ってんだけど。
視線を前に戻せば、小さな湖と午後の光を吸い込み木漏れ日を作り出している巨木。
どうやら無我夢中のまま学園敷地内の小規模の森に来てたらしい。
…ぐるりと一瞥し。
視野の範囲では人もねえし休息にはもってこいだからある意味好都合か。
得意のポジティブで結論づけ、俺は巨木の根っこ辺りに足を運んで腰を下ろした。
根に寄りかかり葉の隙間から青空を見上げれば、初春の風が頬を撫ぜる。
こんだけ日当たりもよく休息にはもってこいだが奇しくも人が寄り付いていないワケとは。
単純に立地柄この周囲に青草や土の匂いが広がり、小さなお友達こと虫も潜んでいるからだろうな。
この学園のボンボンが泥んこ遊びをして育ったとは到底考えにくい。
「…ナァオ」
草を踏みしめる足音と少し低めの鳴き声にゆるりと瞼を動かした。
視線をズラせば、ふてぶてしい面と白の毛に所々薄ピンクが混じった毛並みを持った猫。
どちらも行動を起こさず見つめ合うこと数秒。
「…ふ、なんだその顔」
「ンナァ」
思わず吹き出せば猫は不貞腐れたように背を向けた。かと思えば、胡座をかいている俺のすぐ横で丸まっただけだった。
「え…かッッ……わ、なにお前。て、お前って言うのも何かアレか」
猫の顔を見て再度数秒顔を見合わせる。
その間もその顔はムスッとしたままだ。
「…もん吉、とかか?」
「ニャ」
猫こともん吉は首だけ俺の方を向け、まるで言葉を理解しているかのように小さく鳴いた。
これがどーーーだ。荒んでいた心が一気に潤っていくほどの愛らしさ。
枯れ木に花どころか枯れ木に満開の桜だ。
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