厄日

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S棟4階にある生徒会室から一旦1階に降りた俺は、吐き気を堪えきれずにA棟に繋がる渡り廊下から中庭へと向かった。 まだ桜が散るには早い時期。 薄桃一色で満たされた中庭に綺麗だと思う暇もなく、ベンチ傍に腕をかけて小さな嘆息と共にしゃがみ込む。 …ベンチにすら座れねえのは重症か。 悪化した理由は明らかだ。朝っぱらからアイツらの全顔面はだいぶ堪える何かがあった。 アレは誰だってキツイだろ。俺の女装や揚げバターと同等ぐらいキツイ。 胃もたれ超えて胃が逆さまになってるわ絶対。 ウンウンと声には出さず唸っても具合が良くなる気配はなく、むしろ吐き気は増し目を瞑って暗闇なハズの視界が軽く点滅し始める。 いっそトイレに行って吐くか、と逡巡した時。 「こんな所でどうしたの」 そ、と肩に触れた熱に、森閑としていたとは言え注意を怠りすぎていたことに気がついた。 それでも何もないように笑顔で顔を上げることが難なのはガチで具合が悪いらしい。 でも、そんなことで弱音を吐いてるぐらいじゃ叶えたいもんも叶えられねえだろって話。感情論。 「…話せないぐらい体調悪いわけ?」 大丈夫。 大丈夫、大丈夫。 いつだって。どんな時だって、それこそ死にかけていても立ち直れる魔法の言葉を繰り返す。 自己暗示にも酷似した一言をひたすら繰り返せば、ふ、と頭が軽くなった。 ついで吐き気も僅かに軽減し、俺はすぐに微笑をたたえて肩に触れてる人物を見やった。 先に目に入ったのは青空に映える柔らかなクリーム色の髪。その奥に見える両目はどこか気だるげそうな空気感を醸し出していた。 顔…は。見たことがあるようでないような。ねえな。 「僕は大丈夫、心配してくれてありがとお」 余裕は出来たと言っても話し続ける自信は残念ながらない。 今にも焦点がブレそうな視界を留め、周囲の桜と馴染む柳色の瞳を見つめた。 ら、怪訝そうに目の色を変えられた。 …大抵は俺の身なりで誰だか察するが、この男は今ようやく俺が親衛隊総隊長とでも判ったのか。 「顔面蒼白でなに言ってんの」 俺の顔色が最悪なだけだったらしい。 目に飛び込んでくる青空、桜、雲、柳色の色鮮やかさにまた目眩を起こし、視線を少し下げ「ホント、大丈夫だよ」ひらりと手を振るった。 俺が誰だか知らないなら今だけはこのままあしらっても問題はねえだろ。 「ああ、それとも僕が邪魔なのかな。それなら退くね」 もはや語尾を伸ばすことさえ億劫。ボロを出す前に、起立し立ち去ろうとすれば手首を掴まれた。 「大丈夫じゃないだろ」 …。 「ホンットに、ホント。平気。大丈夫だから」 「にしては視線もうろついてるし体温も低いな」 多分コイツはありがた迷惑という言葉を知らねえんだろうな。 今すぐ脳みそに知識としてぶち込んでやりたい。 人が大丈夫だっつってる時はサッサと引けってな。メンヘラやかまちょは別として。 「大丈夫」 「大丈夫じゃない」 「平気だって」 「嘘つけよ」 まったく終わりの見えない会話に辟易とし、俺はつい強めに「何でもねえって」と腕を振り解いた。 それが謀られていただけだとも知らずに。
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