厄日

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「へえ、美形好きの総隊長さんは俺の顔はお気に召さなかったんだ」 渾身の頭突きをかませば記憶がぶっ飛んだりしてくんねえかな。 最悪だ、…と即刻意味を理解し、有難いことに衝撃で収まった吐き気に目眩。 普通は更に具合が悪くなるんだろうけど、圧倒的にコイツの方が刺激が強かったらしい。 「………………ハァ…」 訂正するには何もかもが手遅れ。お手上げな現状に片手を上半顔に置けば、くつくつとした笑い声が鼓膜を撫でた。 「お前を知ったのってつい最近だけど、本音と表情が真逆なの気になってたんだよ」 だから運が良かったわ、と聞いてもねえことを話し出す男に嘆息しか出ない。 これでも粗相なく演れてると思っていただけに状況が上手く読み込めない。 それによくよくと考えればココのベンチは渡り廊下から死角になってるだろうに。どうしてコイツは俺の存在に気が付いたんだ。 「その様子からして俺の名前も知らなそうだね」 「……ただ面のいい奴の名前を覚える気はねえからな」 …約1年、誰にも勘づかれることはなかっただけアイツらよりはうわてか。 いっそ開き直って猫撫で声も腑抜けた面も取り下げれば、片笑んだ男は「才守(さいもり) (りゅう)。俺の名前」とご丁寧に自己紹介。 「あ、そう。琉な。俺は哀原、」 「湊叶(みなと)だろ。知ってる」 さいですか。 倦怠感からもう何も言及せずに受け入れ、そのまんま渡り廊下へと向かえば疑問符をつけた声に呼び止められた。 「どこ行くの」 「…教室」 「クラスは」 「2-S。何だよ」 「俺も行く」 言うや否や俺を追い越し、ついでにとでも言うように手首を掴んで歩き始めた。 唐突なことに追いつかなかった足を若干つんのめらせ、靡くクリーム色の後頭部に眉根をひそめる。 まさかだとは思うが。まさかであってほしいが。 「もしかしてお前……」 「同クラ。改めてよろしく、ぶりっ子総隊長さん」 悪役も顔負けの悪どい笑みを浮かべる琉に頬が少し引き攣る感覚を覚えた。 同時、俺の周りに対しての意識の低さに対しても。 どうしたって俺は人の名前も顔も癖がねえと覚えられねえんだ。 発言通りに2-Sクラスのある3階まで慣れた足取りで連れられ、生徒の目を引く前に俺の手首は解放された。 斜め上を見上げればその顔は未だ薄ら笑っていて『お先にどうぞ』とでも副音声が今にも聞こえてきそうだ。 きっと俺の処遇を把握している上での地味な気遣い。 でもな、俺を想うんなら絡まねえのが大前提だろ。鼻っ柱ぶち折ってやろうか。 「いい性格してんな」 「どーも」 周囲には気付かれない程度に琉を睨めつけ、俺は先に教室へと入り自分の席に着いた。 その際に加減を忘れバン! と鞄を勢いよく机に置いてしまい失態。 普段ならぽんっ、だか、ほにょんっ、だかの失笑モンの効果音出してんのにすっかり忘れていた。 おかげで前の席の……田中? 田中か。 ソイツが振り返ってきたので今日一最高の笑顔を向けて事なきを得た。 ぼぼぼっと瞬く間に顔を赤くした田中はシカトし、折りよく現れた担任に一足違いで思い出す。 ギリ季節外れ未満の転入生が来んのって今日だったっけな、と。
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