君が好きだと思ったから

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「おはようございます」 「……おはようございます。返却ですね」 「はいこれの続編ってありますか? 昨日見たら置いてなくて」 「お調べしますね」 あれから1週間。 信じられないことに、田町君は毎朝図書館に現れた。 言っていた通りあまり時間がないようで、挨拶を交わす程度でそそくさと小説を一冊借りていく。 「申し訳ございません、貸出中ですね。予約されますか?」 「そっかぁ。じゃあ、お願いします」 「あちらに記入台がありますので、この予約票に必要事項をご記入ください」 「はい」 ふんわりと微笑む田町君に対して、私は愛想がなかったかもしれない。 いや、他の利用者さんにするのと同じようにしたつもりだけれども。 彼に対してはどうしても身構えてしまう。 「今日も来たわね」 横からパート司書の児島(こじま)さんが話しかけてくる。 「そうですね」 すっかり名物と化してしまった田町君に他の職員が興味を持たないわけがなく。 隠しておけるほど私も器用ではないから、いきさつを説明するしかなかった。 「あれはやっぱり本気よ」 「ただ本が好きなだけですよ」 「それだけで毎日通ってこないわよ」 ちらりと田町君を伺い見ると、その横顔は真面目そのものに思えた。 忙しいのに予約してまで読みたいだなんて、よっぽどこの本が面白かったのね。 手元の小説に目を落とす。 数年前に大きな賞を取ったミステリー小説。 私も読んだことがある。 結構なページ数があるのに、一気に読み切ってしまう疾走感とでも言えばいいのだろうか。 単に犯人やトリックの謎解きが気になるだけじゃない。 文章そのものにも面白さがある作品だった。 たしかにこれは続きが読みたくなる。 「あなたとちょっとでも話したいからって、毎日借りていくだなんてなかなかできることじゃないわ。しかもちゃんと読んでるっぽいじゃない」 「読書家なんですよ」 「いいじゃない、彼。イケメンだし、一途だし。一回ぐらいデートしてみてもバチは当たらないわよ」 「そう言われましても」 「でも、なんだか元気なさそうね。寝不足かしら?」 「え?」 そう言われて田町君を見てみると、たしかにいつもより顔色が悪いように思えた。 まさか本当に、私に会うために、寝る間を惜しんで本を読んでいるのだろうか。 本当に私のことを――? 一体、何度同じことを考えただろう。 ――そんなはずはない。 その度に同じ言葉で打ち消して。 何度()いたかわからないため息が零れたとき、田町君が予約票を持ってこちらに向かってきた。 私のところになんて来なくていいのに。 隣のカウンターだって空いているのだから。 それでも彼は迷わず私の前に立つ。 「これでいいですか?」 「貸出カードもお願いします」 「はい」 いたって事務的に作業をこなすけれど。 思いのほか票に書かれた綺麗な字が気になってしまった。 良い意味で男性っぽくない、繊細で整った字。 字は性格が出ると言うけれど、そうなのかしら? だとしたら、いたずらに人を馬鹿にするような人が書く文字には到底思えなかった。 「それでは本が用意できましたら、ご連絡いたします」 「よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げて、田町君はいつものように去っていく。 そのはずだった。
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