突然の銃声

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突然の銃声

 分厚い装甲を纏った車両に乗り込んで、リンたちは目的地へと向かう。向かう先は、とある集落。  その集落は、西カルミア街の郊外に位置していた。西カルミアの活気づいた雰囲気とは打って変わって、この集落はあまりにも古典的な文明と文化を気づいており、リンもここまで荒廃化した集落を見たのは初めてだった。  大昔は栄えていた街だったのだろう。塗装が剥がれ、むき出しになった鉄筋コンクリーで築かれた多くの旧世代の建造物は、今にも倒壊してしまいそうだった。すっかり腐朽しきったビルの数々のうちの一つに、エリートチームを筆頭にリンとティアは辺りを警戒しながら入った。そして、リーダーは奥の部屋からホワイトボードを取り出し、リンとティアに今回の任務の概要を嫌々説明し始めた。  一週間前に起きたダミーチップ装着者による空游艇(スカイボート)ハイジャック事件。犯行を行った六名の中、五名はティアの手によって葬られたが、最後の一人は外で待機していた武装局員(ガンナー)たちのおかげで無事拘束することに成功した。  しかし、その男を拘束して、取り調べたところ、裏でもっと大きな計画が動いていた事が明らかになる。  空游艇(スカイボート)ハイジャック事件を起こしたのは、あくまで次の計画に必要な人質を用意するためであり、本当の計画は金銭の要求でなければ武力行使による社会の改変でもないと言うのだ。拘束した男曰く、自分たちはあくまで下っ端らしく、どうやら、つい半年前にヒノモトを拠点にしている大型の反政府組織に加入したらしい。その反政府組織は五万を優に超える人数で構成されており、中でも幹部の人間は組織に加入している人間でも素性を知らないらしい。 「…組織名は…?」  リンがリーダーにそう訊く。 「最後まで聞け、坊主」  リーダーはそう言うと、ホワイトボードを使って話を続けた。  組織の名前は「エクエスの光」  拘束した男の供述では、それは自分たちが信仰する宗教の名らしい。エクエスの光という教団に入っている信者たちは、例外なくダミーチップを装着しており、どれだけ「危険思考」を持っていようが、その情報がTEAに送信されることがない。そんな危険思考を簡単に抱ける人間が五万人以上、このヒノモトにいるという事実にリンは思わず息を呑んだ。  世界政府は、この事態を最も恐れていたため、ヘッドチップを普及したはずだった。けれど、結果としてダミーチップの開発により、この事態は起きてしまっている。  TEAは、過去に何度も全人類に衛星からヘッドチップ検査を行ってきたが、それでも誰一人としてダミーチップを探知することが出来なかった。ダミーチップの偽造システムが、TEAの所持する衛星からのダミーデータ探知システムを上回ったのだ。  けれど、先の空游艇(スカイボート)ハイジャック事件で拘束した男の供述により、何とか西カルミアの郊外に拠点を置いている下っ端を特定することができたのだ。  男を取り調べして一週間、TEAが何も動かなかったのは、どうやら「エクエスの光」の数少ない幹部の一人が、その下っ端たちの偵察に来るからだという。エリートチームは、その幹部を生きたまま拘束して、「エクエスの光」を“取り締まる”さらなる糸口を見つけるのが任務になっていた。 「…それで?…その基地ってのはどこかしら」 「アルファチームの偵察隊の情報では、この窓から見える一番高いビルに奴らがいるらしいが…」  リーダーは、窓の外を眺めた。  高層ビルの中、ひと際高いビルがあった。 「……あれね…」  ティアはそう呟く。  リンは、ティアと同じように窓の外を見つめてみたが、すぐにティアの顔を見てしまった。整った綺麗な顔には、今までに見た事のないような真剣な表情が浮かんでいた。リンには、それが死に急いでいるように見えて、ふいにティアのことが不安になってしまった。 「いつ突入するの…?」 「残念だったな、――すぐだ」 「あら、いいわね」  リーダーは、思った返答が返って来なくて、ちっ、と舌打ちをしてから、奥の部屋へとリンとティアを招く。そこには、事前に運んであったらしい銃器の数々が隊員の数だけ用意されてあった。 「お前たちの分はないぞ」 「いらないわ、アタシにはコレがあるもの」  ティアはそう言うと、そのバランスの取れ女性らしいフォルムの腰から、携帯拳銃を取り出した。その携帯拳銃は、空游艇(スカイボート)ハイジャック事件で使われたものと同じ型だった。 「たかが六発で何ができる」 「六人は殺せるわね」 「全発当てるつもりか…?」 「えぇ、もちろんよ」  あんた、この間、一発外してたじゃないか。  リンはそう言おうと思ったが、何とか口を噤んだ。あやうく、その尖ったヒールで腹を抉られるところだった。 「…というか、ティアさん」 「なに?リンくん」 「その服装で、向かうんですか…?」 「えぇ、アタシはいつもこの服装で任務を遂行してたわ。まぁ、長官にはいつも怒られてたけど…」 「だめじゃないですか…」  ティアは、今から拳銃を扱うとは思えないような綺麗な恰好をしていて、まるでファッションモデルのような印象を全員に与えていた。先程、拳銃を難なく腰のベルトから取り出した時でさえ、リンにとっては驚きだったのに、その服装で走ったり屈んだりするなんて、彼にはまるで想像できなかった。 「ところで、お前は何者なんだ」  エリートチームの他の隊員たちが各々の装備を準備している時に、リーダーはティアにそう言った。 「さぁ、何者でしょうね」  リンは、そんな彼女を後ろから見ていた。当然、リーダーは、ティアが先の空游艇(スカイボート)ハイジャック事件で、単独で五人を撃ち殺した中々の銃の腕の持ち主だという事は知らないのだ。リンは今すぐにでもリーダーにそんな彼女の話をしてやりたかったが、ティアがあえて自分からそれを言わないということは、彼女にもそれに関して何かしらの考えがあるのだろうと思った。  リンが彼女の背中を見ながら、そうやって思考を巡らせていると、隊員の一人が彼に話しかける、 「君はどうするんだい」 「え…?」 「君はオペレーターだろ?それなら、俺と一緒にここで他の隊員をオペレートすることになるけど」  リンに話しかけたその隊員は、どうやらエリートチームの専門のオペレーターらしい。リンもティアの個別オペレーターに就くことになったから、本来はここで彼と一緒に他の隊員たちをサポートするのが正しいのだろう。 「いえ、彼は連れて行くわ」  リンが「じゃあ、僕もここにいますね」と言おうとしたところで、ティアに会話を割られた。 「な…」 「あなたは、ついてきておいた方がいいわ」 「根拠は?」  エリートチームのオペレートを務める彼が、ティアにそう訊く。 「ないわ」 「ないだと…?」 「えぇ、安心しなさい。彼の身の安全はアタシが護る。あなた達は、自分たちの身の安全を考えておきなさい」  ティアのその声は、周りに居た隊員全員に聞こえた。一瞬、空間に緊迫した雰囲気が流れた事をリンは察する。 「おい、行くぞ」  そんな中、リーダーが固まった空気を割って、ビルを出た。隊員は、少し気まずそうな雰囲気を呑み込んで、そのままリーダーの後ろをついて行った。  オペレーターを除くエリートチームが全員出て行ったあと、リンはティアに質問を投げかける。 「どうして僕まで行くんですか。僕もあ人と一緒に、ここでオペレートしていたいです」 「そうは言っても、あなた。何も機材持ってきていないでしょ」 「それはティアさんがいきなり連れ出すから…。というか、機材はあの人に借りれば…」  ティアが少し笑って、リンの後ろを指差す。リンの後ろで、エリートチームの専門オペレータが、持ち込んだ機材と偵察隊が用意していった機材を繋ぎ合わせて、オペレートの準備をしている。見たところ、一人分の機材しかなく、そこにオペレーターとして経験が全くないリンが割って入ると、邪魔になるのは目に見えて分かった。 「…安心して頂戴。あなたには、向こうでも、ちゃんと役割があるわ」 「…そ、そうなんですか…」 「えぇ、あなたはちゃんと護るから」 「……」  ティアはそう言って笑った。  これから戦闘が始まるというのに、その顔には全くと言っていいほど緊張感などなかった。リンは、そんな彼女から、少しだけ異質な違和感を感じた。  その後、リンは、少しも辺りを警戒しないティアの後ろを、精一杯周りを警戒しながら進んだ。目標の高層ビルの近くに着いた頃には、彼の集中力はボロボロに擦り切れていたが、ティアはそんな彼を子馬鹿にしながら、堂々と高層ビルの裏口を抜けた。 「やっぱり、エクエスの光の下っ端は上で陣取ってるみたいね」 「…やっぱりって…?」 「アタシだって何度も似たような任務は経験してるのよ」 「へえ…」 「少なくとも、エリートチームなんかよりもね」 「…だから、彼らの考えることは手に取るように解るわ」 「へ、へぇ…」  リンはそうやって平然と誰もいない高層ビルのロビーを歩いていくティアに言った。  どうやら、エリートチームは先に上へと向かったらしい。  ティアは、エレベーターを無視して、非常階段の重たいドアを開ける。 「…まさか…」 「えぇ、そうよ。登るわ」 「……何階建てだと思ってるんですか…」「見たところ、四十階ぐらいかしら」 「……っ…」  リンから言葉が潰れたような深いため息が出る。ティアはそんな彼を見て再び笑うと、まるでピクニックに行くような感覚で階段を上り始めた。リンの身体は五階を上ったの時点で既に息が上がっていたが、ティアは疲労なんて顔には一切出さずに階段を上り続けていた。  そして、ティアが次に足を止めたのは、三十八階と三十七階の間の踊り場だった。 「…ど、どうしたんですか…」  疲労でまともに足を上げることすらままならないリンは、突然踊り場で立ち止まったティアに追いつくと、そう言った。 「しっ……静かに……」  ティアは、息一つ上がっていない呼吸をさらに整えて、ゆっくりと三十八階へと登る。リンも、ティアの真面目な雰囲気を察して、音を立てないように彼女の後ろをついて行った。 「……いるわ」 「……そうですね……」  ティアは、その碧眼で、三十八階の非常口から中の様子を見た。三十八階にはコンクリートの破片が乱雑に散らばっていて、それはフロアを隔てる壁を全て取っ払った事を物語っていた。 「四人ね…」 「…そうですね。どうしますか……――?」  三十八階のフロアには、四人の教団員が旧世代のアサルトライフルを武装して、見張りをしているようだった。  リンがそんな四人を見て、エリートチームの姿が見当たらない事に疑問を感じていると、横に居た筈のティアの姿もいつの間にかなくなっている事に気がついた。 「あなた達、教団の方々?」  ティアは、そんなふうに、まるで街中で道でも尋ねるかのような口調で武装した教団員に近づいていた。 「だれだ、この女」 「さぁ…?」  教団員のうちの二人が、ティアを見てそう言った。 「あぁ、そうだ」  すると、後ろから他の二人もティアを取り囲むように現れた。 「なら、くたばってくれるかしら」 「……?」  ティアのそんな発言に、四人は疑問そうな顔をする。そして、お互いの顔を見合って、ティアを馬鹿にするように大笑いした。ティアもそんな四人を見て、うふふ、と上品に笑う。 ――バン、バンッ!  その瞬間だった。  ティアは、その自慢の腰から目にも止まらない速さで携帯拳銃を抜き出し、初めに手前の二人の顔に穴をあけた。血しぶきがフロアの床に飛び散る。残った二人は、何が起こったか理解できず後ろへ後ずさりした瞬間に、またティアに顔を撃ち抜かれた。ティアの目の前には、四人の男の死体が積み重なるように倒れることになった。 「……ふぅ、上手く当てれたわね」 「……え、えぇ……」 「リンくん、もう出てきていいわよ~」  ティアにそう言われたリンは、恐る恐る非常扉を開けて、ティアのそばに寄る。 「うっ……」 「あら、吐くなら外に向かって吐いてね」 「もし下に人がいたら、どうするんですか…」 「だれもいないわよ。もしかしたら、いるかもしれないけれど」 「…もしかしたらって……?」 「さ、上へ行きましょう」  リンの質問を無視して、ティアは自分が撃ち殺した男たちからアサルトライフルを剥ぎ取ると、手慣れた手つきで残弾数を確認して、再び非常口へと向かった。急に質問を無視したティアを不思議に思いながら、リンもアサルトライフルを剥ぎ取って、彼女を追いかけた。いくらリンでも、士官学校で旧世代の銃の扱いぐらいは学んでいる。  そうしてリンとティアは、いよいよ覚悟を決めて三十九階へと向かう。    造りは、三十八階と変わらなかった。  けれど、雰囲気はまるで今までと違った。 「……うそだろ……」  三十九階へと足を踏み入れたリンは、その惨劇に、思わずそんな事を口にした。  そこに在ったのは、夥しい量の鮮血。大量の空薬きょうと、断末魔を容易に想像させた血痕の数々。そして、――エリートチームの死体。オペレーターを除く四人の無惨な死体が、そこに横たわっていたのだ。 「……あら、あなたが幹部さん…?」  その惨劇に思わず腰を抜かしたリンを後目に、ティアは落ち着いた口調で、一人佇む“男”にそう言った。リンも、数秒遅れて死体から目を逸らし、その“男”を見上げた。 「……――ヨークル……さん…?」  血まみれになった服装で光線機銃を構えていた“男”は、リンのよく知るヨークルだった。    
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