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「はぁ? 何これ、どういうこと? もっと笑顔で愛嬌よくして、くじけずに真面目に働けって俺に言ってんの?」
俺は苦笑しながら彼女にそう尋ねたが、彼女はニコリともしない。ただ無言でウンと一回うなずいただけだ。
彼女の様子がなんだか普段とちょっと違うが、まぁ女なんて生き物は、ときどき理由もなく機嫌が悪くなるものだ。どうせ大したことはないだろう。
不機嫌な彼女のせいで何となく暗くなってしまっている場の雰囲気を和ませようと、俺はわざとらしく元気を出して、ことさら陽気な声で彼女に言った。
「そうは言うけどさぁ、俺が自分を曲げられない不器用な男だってこと、お前が一番よく知ってんじゃん。俺にもさ、ポリシーってもんがあるんだよ。男として絶対に譲っちゃいけない、自分の中の大事な一本の柱みたいなやつ」
俺と彼女は付き合って五年、同棲を始めてもう四年が経つ。長い付き合いの中で、自慢じゃないがお互いの考えていることはもう、口に出さなくても全部分かっている。いわゆる「ツーカーの仲」というやつだ。
日頃から俺は、男としての自分のプライドやポリシーについて、事あるごとに彼女に念入りに言って聞かせてきた。彼女はそれを「男ってバカねぇ」と笑いはするものの、バカにはせずちゃんと理解して受け止めてくれている。
だからこそ五年もの間、破局もせず大きなケンカもなく、こうして良い関係を続けてこれたわけだ。
「確かにお前の言う通り、愛想よく他人に接するってことは大事だよ?それは認めるって。でもさぁ、心の中で『こいつ死ね』とか思ってる相手にニコニコ笑いながら接するなんて、それって結局その相手に嘘をついてるってことじゃん。俺、そんな風に嘘をつきながら生きるの、嫌なん――
話の途中だったのに、目の前に灰色のコンニャクがニュッと現れて俺の話を遮った。彼女が鋭い目つきでじっと俺の目を見つめながら、袋入りのコンニャクを無言で差し出している。薄切りにして、豚汁の具に入れるために買ってきたものだ。
さっぱり意味が分からないまま、とりあえず俺がコンニャクを受け取ると、彼女は今度は黙って俺に大根を差し出した。これも銀杏切りにして豚汁の具になる。
「……何これ?」
「花言葉、検索してみて」
俺は渡されたコンニャクと大根を調理台の上に置くと、やれやれと溜め息をつきながら渋々スマホを取り出した。俺は一体いつまで彼女の酔狂に付き合わされなきゃいけないのか。
そもそも、コンニャクに花なんて咲くのか?
半信半疑の俺はまず「コンニャク 花」で検索してみた。すると、コンニャクはコンニャク芋が原料で、この芋は五、六年に一度だけ奇妙な形の巨大な紫の花を咲かせるらしい。普通なら花が咲く前に収穫してしまうので、コンニャク芋の花を見る機会はほとんどないそうだ。
五、六年も育てて咲かせたところでちっとも美しくなく、しかも非常に臭いというコンニャク芋の花。そんな花に花言葉なんて無いだろうと思いつつ検索したら、花言葉はちゃんとあった。
コンニャクの花言葉は「柔軟」
そして大根の花言葉は「適応力」
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