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「え?……つまりお前、俺にもう少し柔軟になれって言いたいの?コンニャクと大根みたいに、もっと社会に柔軟に適応しろと。これそういう意味?」
彼女はジトッとした鋭い目で俺を睨みつけながら、ゆっくりと無言で一回うなずいた。
「……なあ、何なんだよお前。今日、少しおかしくないか?さっきから俺が何言っても、豚汁の具材の花言葉しか返ってこないし。何怒ってんだよ?」
俺の文句に、彼女は何も答えずプイと調理台のほうを向いてしまった。そして大根の皮を黙々と包丁でむきはじめる。一体どうしちゃったんだコイツ。この様子だと俺に対して何やら腹を立てていることは間違いないが、その理由は果たして何なのか。
全くもって身に覚えはないのだが、唯一心当たりがあるとしたら……たぶんあの件だろう。
「わかった! どうせまたお前、俺にちゃんとした仕事につけ、それでもう、いいかげん二人の結婚について真剣に考えろ、って言いたいんだな? それで拗ねてるんだろ」
彼女は何も答えない。でも、きっと図星に違いない。それは彼女に昔からしつこく言われ続けてきたことだし、この件以外で彼女を怒らせるようなことは、俺は何もしていないつもりだ。
「あのさ、この件は俺もう何度も何度も言ってるじゃん。俺だってね、ちゃんとした仕事に就きたいとは思ってんのよ? お前との将来の事だって、俺はちゃーんと真剣に考えてる。でもな、まだ環境が整ってないんだよ」
彼女は大根を切り終えると、次にコンニャクを袋から取り出して手際よく薄切りにしていく。俺の言葉は完全無視だ。取り付く島もない彼女の様子に、もう無視されててもいいやと諦めて、俺は構わずに説明を続けた。
「俺にはきっと、まだ開花してない秘められた才能があんだよ。それは何なのか、今は全然分からないんだけどさ。
だから俺は今、こうしてバイトしながら幅広いことに手を出して経験を積んで、自分の才能がどの分野に向いてるのかを色々試してみてるんじゃん。もう何度もお前にそう説明してるだろ。忘れた?
それで、いつか自分の才能を生かせる分野を見つけたら、その時は俺だってその分野のちゃんとした仕事に就くよ。お前との結婚も、その時にはちゃんと踏ん切りをつけるから」
俺が熱く自分の思いを語ってるのに、今日の彼女はうんともすんとも言わない。本当に、今日は一体どうしてしまったのか。
普段の彼女だったらここで「そうだったよね、頑張ってね」と素直に受け止めて優しく背中を押してくれるところだ。それがこんな風に徹底的に無視されると、俺もつい感情的になって、声も自然と大きくなってきてしまう。
「だってさ、冷静に考えてみろよ。自分に何の才能があるかも全然分かってないのに、なんで仕事を先に決めなきゃなんないんだよ。才能が無いことをいくら努力したって、結局は全部無駄になるだけじゃん。そんなのバカがやることだろ?お前もそう思わない?」
すると彼女は、ビニール袋からニンジンを取り出して、俺の手の上にポンと置いた。半月切りにして豚汁に入れる、今日の食材。
「……何これ?」
「花言葉、検索してみて」
またかよ!と俺はいいかげんウンザリしてきたが、彼女のただならぬ気配を考えると、ここで抵抗してさらに機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。
それにしても大根だのニンジンだの、野菜の花言葉まで覚えてるなんて、随分と物好きな女だと思う。そういえば彼女は昔から、一度興味を持ったことに対しては徹底的に凝り性になるタイプだった。
「ニンジン 花言葉」で検索したら、結果はすぐに出てきた。
ニンジンの花言葉は「幼い夢」
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