豚汁の花言葉

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 この花言葉を目にした瞬間、さすがに少しカチンときた。 「ちょっとさぁ……なんなのお前? これ、才能を信じて自分探しを続けてる俺がガキだってことか? 今の俺の考えは、幼いガキの夢だって言いたいのか?」  彼女はさっきから、まともに俺と会話すらしようとしない。そればかりか、俺の考えをバカにしてくる。いいかげん俺の堪忍袋も限界に近い。 「なあ、お前が俺の何に腹を立ててんのか知らねえけどさ、いくら何でもさっきから、ろくに受け答えもしないで花言葉だけで会話してくんの、さすがに酷すぎね? 何なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうなんだよ。いい加減にしろよこの野郎!」  俺が思わず声を荒らげると、彼女は背中を向けたまま、ゾッとするほど冷静な声で静かに答えた。 「花言葉で答えてあげてるのは、私の精一杯の優しさなのに……何? それじゃあハッキリと言葉で言ってほしいわけ?」  その激しい怒りを含んだ口調に俺は一瞬たじろいだが、ここでナメられるわけにはいかない。反射的に「ああ言えよ!それでどうしようもねえ事だったら許さねえからな!」と大声で怒鳴り返した。  すると、彼女はボソッと小声でつぶやいた。 「12月4日、13時35分。ナナミ。『今度の週末はどうなの?最近なんか冷たくない?寂しいなぁ』」  俺は、自分の全身の毛穴がキュッと締まる音が聞こえたような気がした。  彼女は相変わらず俺に背中を向けたまま、トントンと包丁を動かしながら淡々とつぶやき続ける。 「12月4日、13時36分。大樹。『ゴメンゴメン。最近ちょっと忙しくて。今週末はOK。アイツ珍しく実家に帰ってるから、家でも大丈夫だぜ』」  ゴクリと唾を飲み込む音が、彼女に聞こえてしまったのではないかと俺は恐れた。手がガクガクと勝手に震えだす。  なんでだ……俺のスマホは指紋認証で、絶対に彼女には中を見られないようになっている。それなのに何で、七海とのLINEの秘密のやり取りをコイツが全部知ってるんだ。 「12月4日、13時47分。ナナミ。『やったぁ!久しぶりの大樹んち超うれしい!二人でゆっくりしようね!』」 「やめろ……」 「12月4日、13時47分。大樹。『俺も楽しみ!今から待ち遠しい!』」 「なあ、やめろよ……」 「12月4日、14時04分。ナナミ。『私、大樹のために夕食作ったげる。一緒に住んでる人、その日は家に帰ってこないんでしょ?』」 「やめろよ……やめてくれって……」 「12月4日、14時04分。大樹。『実家で泊まりだから絶対大丈夫。久しぶりの安らぎの日で俺も―― 「やめてくれよッ!!!」  気が付けば、思いっきりステンレスの調理台を叩いてしまっていた。大きな金属音が響き、まな板の上に積まれた切り終えた野菜たちが衝撃で崩れて、調理台の上にバラバラとこぼれ落ちた。
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