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「悪かった!俺が全部悪かった!スマン!この通り!!」
これは逃げられないと悟った俺は、反射的にガバッと床に伏せて土下座をした。こういう時は一切言い訳をしない方がむしろ傷口が浅いのだ。
俺が彼女に土下座をするのはこれで三回目になる。似たようなピンチはこれまでもあったが、俺は毎回この土下座で切り抜けてきた。彼女も最初のうちこそ激怒はするものの、俺が土下座して情けない声で涙ながらに謝り、時間が経ってほとぼりが冷めてくると、最後はいつも「仕方ない人ね」と言って許してくれていた。
だが、今回は明らかに様子が違う。彼女はニコリともせず、腐りかけの生ゴミでも見るような目で、地面に這いつくばる俺を冷たく見下ろして言った。
「あとさ、私のパソコンから勝手に通販の注文すんの、やめてくんない?」
「……!?」
「私、家専用のパソコンにクレジットカードの情報を記憶させてるから、いつも家でゴロゴロしてるあなたなら、確かに私の名義で簡単に注文し放題だけどさぁ。
そんなの、私のとこにクレジットの請求が来れば、あなたが勝手に注文したのなんて一発でバレるじゃん。そんなことも分からないの?バカなの?
だいたい、あなたが変な品物で検索するもんだから、バナー広告が変な商品だらけになってて、こっそり私のパソコン使ってるのバレバレなのよ。ホンっト、ちんけなコソ泥みたいな男」
「う……」
彼女は作業の手を止めない。手際よく豚肉を油で炒め、鍋に水を張って火にかける。お湯が沸騰したところで、まな板からこぼれ落ちた野菜を拾い上げて鍋に放り込みながら言った。
「指紋認証なのに何でスマホ見れたんだ?って思ってるでしょ。あなたが家事も手伝わずのんきに昼寝してる間に、あなたの指をスマホに当てて解除したわよ。悔しくて何度も何度も読み返したからすっかり覚えちゃったわ。あなたの使う気持ち悪い顔文字と、ナナミちゃんに媚びまくったメッセージ全部」
「あ……あう……」
「だいたい、なんでナナミちゃんからのメッセージ全部1分以内に返信してんのよ。返信早すぎてキモイわ。私からのメッセージなんて半日以上未読で放置してんのに」
「あ……あの……。すまなかった……悪い……」
「あなたの大好物で、美味しいっていつも言ってくれてた豚汁。この家を出てく前に、最後のお情けで作ってあげたから。でも味噌の原料は大豆だから、私の手では絶対に入れたくない。自分で勝手に味噌入れて飲んどいて。じゃ、さよなら!」
「ちょ……ちょっと待ってよ。どういう意味だよそれ……」
彼女はそう吐き捨てると、台所の隅に置いてあったボストンバッグを取って肩にかけた。彼女がこの家を出てくことをかなり前から決意して、すでに万全の準備をしていたことに俺はその時初めて気がついた。
「ボーっと突っ立ってないで、大豆の花言葉ッ!とっとと検索しなさいよ!」
「ハヒッ!!」
動揺のあまり返事の声が裏返ってしまった。
浮気相手の七海は美人でスタイルも良くて、軽い気持ちで遊ぶには最高の女だけど、俺と同じフリーター暮らしで生活力はゼロ。金銭面では全く当てにならない。しっかり者の彼女にこの家を出て行かれてしまったら、俺は明日からどうやってこの家の家賃を払えばいいのか。
そんな生活の心配で頭が一杯で、正直言って大豆の花言葉なんて考えている余裕などない。だが、今はとにかく彼女の言うことに逆らってはダメだ。青ざめて真っ白になった冷たい指で震えながら検索をしたら、結果はすぐに出てきた。
大豆の花言葉は「必ず来る幸せ」「親睦」
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