4人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の彼女は、まるで花言葉博士だ。
別に学校の成績がとりたてて優秀だったわけでもない。それなのに、彼女はどういうわけか花言葉についてだけは植物図鑑並みに詳しくて、俺がてきとうに何か花の名前を言うと、即座にその花言葉を答えてくれる。
彼女はしっかり者で、俺は彼女に全く頭が上がらない。
まあ、この家の家賃も光熱費も全部彼女に払ってもらっていて、朝晩の食事も彼女に作ってもらっているのだから、そりゃ頭が上がらなくて当然なのだが。
どのバイトも長続きせず職を転々としている俺の収入と、小さい会社ながら正社員でずっと働き続けている彼女の収入は、いつの間にか大きな差がついていた。そんなわけで俺は、もう何年も金銭面では彼女に頼りっきりだ。
でも、それは仕方ないことじゃないか。仕事だから仕方がないと諦めて、金のために他人にヘコヘコ愛想笑いをして、ゴマをすって生きるなんてのは俺はまっぴらごめんなんだ。
彼女はいつものようにバタバタと慌ただしく仕事から帰ってくると、休む間もなくそのまま部屋着に着替えて、すぐにキッチンで夕飯の支度を始めた。
今日の夕飯は豚汁だそうだ。彼女の一番の得意料理で俺の一番の大好物でもある、二人にとっては数々の思い出が刻まれた特別な料理だ。
俺は和室に寝転がってテレビを見ながら、彼女の作る夕飯が出来上がるのを待っていたが、そこでふと、今日のバイト中にシフトリーダーのクソオヤジに叱られた記憶が唐突に甦ってきて、途端にイライラした気分になった。
イライラすると俺はいつも、料理をしている彼女の背後に立って後ろから彼女を抱きしめる。そして、甘えた声で愚痴を言うのだ。
「あぁ~。仕事めんどくせーなぁ。辞めてぇなぁ~」
いつもならそこで、彼女は苦笑しながら振り返って「どうしたの?何かあったの?」と優しく尋ねてくれる。それが俺にとっての最高の癒しだ。
ところが今日の彼女はムスッとしていて、包丁で斜め切りにしようとしていた長ネギを取ると、無言で俺に手渡してきた。
「……何これ?」
「花言葉、検索してみて」
いつになく冷たい彼女の短い言葉に、俺は何となく不穏な空気を感じて、戸惑いながらも黙って彼女の言う通りにスマホを出して検索してみた。
長ネギの花言葉? 何だそれ。 ……っつーか、そもそもネギに花なんて咲くのか? などと思いながらスマホをいじくったら、すぐに結果が出てきた。
ネギの花言葉は「くじけない心、笑顔、愛嬌、ほほえみ」
最初のコメントを投稿しよう!