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「『好き』だとか『愛してる』っていうコトバがキライなんだよ」
陽に透ける褐色の髪を揺らしながら、目の前に座る彼は吐き捨てた。
平日の午後。
大学から程近く、駅からは程遠いこの小ぢんまりとした喫茶店に客は殆ど居ない。
従ってこの薄い唇から漏れ出る不満を聞いたのはカウンター越しでグラスを拭いている店主らしき人か、こいつの目の前で冷め切ったコーヒーを啜る俺くらいなものだった。
こいつが訳の分からない言葉で苛立ちを見せるのは特段珍しい光景ではない。
どうせまた新しい彼女との間で何かがあったのだろうと、溜め息混じりに問い掛けてやった。
…こいつの恋愛事情とか特に興味無いんだけどな。なんて思いは隠すこともせず。
「で、今度はなに。…って一応訊いた方が良い?」
「訊いた方が良い。というかもっと興味持って」
「面倒だなぁ。で?何があったわけ」
頬杖をつきながらも一応お望み通りに訊いてみてやる。ホントにどうでもいいんだけどさ。
窓から射す午後の光が筋になって、その中できらきらと埃が舞い踊るのを背景に幼馴染みは息を吐いた。
埃の癖に、あんな風に光が当たるとまるでスパンコールみたいに輝くのが羨ましくて妬ましい。
きらきら、ふわふわ。落ちては消える。
ブラックコーヒーを好む俺とは違い、砂糖たっぷりのカフェオレが入ったカップを彼が揺らす度に背景のスパンコールも一緒になって踊っている。
映画のワンシーンみたいだ、なんて。語彙力の無い俺からはそんな月並みな感想しか出てこないや。
さてさて、そんな光景を彼の背後にぼんやり見ながら俺はもう一度コーヒーを啜った。
何で砂糖やミルクなんか入れるんだか。やはりコーヒーはそのままが一番美味しいのだ。
自分の話に全く興味が無い。面倒臭い。
俺のそんな態度に気付きながらも、褐色の髪を揺らして幼馴染みはまた呟いた。
「…もういい加減嫌になってきたんだ。誰かと、付き合うとか。恋人になろ?とか」
「じゃあ断りゃいいじゃん。お前、元々そんなにお人好しじゃないんだからさ」
「お人好し、ね。別にそんなつもりは微塵も無かったんだけどな」
「はぁ、マジで面倒臭ぇ奴…」
ホンット、苛々するなぁ。
何かある度にこうやって愚痴を聞かされる立場にもなってもらいたいもんだね。
ほら気のせいか、カウンター越しで店主も溜め息吐いてる気がする。
ただ疲れてるだけかもしんないけど。
事のあらましをさらっと纏めるとこう。
付き合った何人目かのカノジョから毎日のように囁かれる愛の言葉に辟易したんだと。
「さらっと纏めすぎだろ」
「十分だろうがよ」
俺とこいつの関係についてはもっと簡潔に纏められる。「幼馴染み」。ほい終わり。
「…まぁ間違ってはいないけどさ」
「何かご不満でも?」
「べっつにぃ」
「というかさ、別に今に始まったことじゃないじゃん。何でまだ告白される度に受け入れてんの?節操無しなの?」
「違ぇよ。誰でもいいってワケじゃあない…」
「そんなら…」
一人に絞ればいいのに。
言葉の先は紡がずに、俺はまたカップに口をつけた。もう中身なんて残ってやしないのに。
「お前は…秋月はどう思うの」
もう話は終わったものだと油断していると、不意に意見を求められる。
見ると、髪と同じような赤みを含んだ瞳がこちらを真っ直ぐに捉えて答えを待っていた。
そんな顔されたって、なぁ…。どうと言われても、何を言えばいいのか俺には検討もつかない。
いつもいつも誰かと別れる度にこうして俺に愚痴を吐くこいつだけど、毎度一方的に話を聞くだけでこんな風に意見を求められることなんて無かった。
ただ適当に相槌を打っていると勝手に話は終わって、それで暫くするとまた新しい恋人が出来て。その繰り返しだったのに。
突然のパスに少し動揺してしまうが、それでも気長に俺の言葉を待っているこいつの真意が掴めない。
というか、さっきから手持ち無沙汰なのかカフェオレに角砂糖をどんどん追加している。
早く答えなきゃ、何か言わなきゃこいつが糖尿病にでもなってしまう…。
相変わらず人気の無い店内ではあと短い溜め息を吐くと、その振動で彼の背景のきらきらがまた見せ付けるように舞い踊った。
コーヒーカップをそうっと置いて、少しずつ言葉を紡ぐ。
深く考えずにいつも通り、糸車から紡ぎだされた糸をそのまま吐き出すように音に変えた。
「言葉って、器でもあるんだ。…多分」
「どういうこと」
「どれだけ綺麗にラッピングしたって、開けてみて何も無かったらガッカリだろ?でも多少不器用でも、中に欲しいモノが入ってたら嬉しいじゃん?そんな感じ」
「お前って本当、昔から例えて話すのが好きだよな。上手いかどうかは置いといて。…つまり、言葉は包装紙なの?」
「入れ物みたいなものってこと。中身が伴ってないから、そのカノジョからの愛の告白とやらも響かなかったんじゃねぇの」
「まぁ俺はその子じゃないから分かんないけど」と続ければ、ふっと微笑う声がした。
そろりと見上げると、「そうだな」と満足気に細められた双眸。
毎度こいつの悩みに見合う言葉が紡げているか自信が無い俺だけど、この顔を見ているとそんなことどうでも良いような気がしていた。
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