第5話 灰村シンディの魔法

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第5話 灰村シンディの魔法

 「【ネズミの恩返し】? 何それ……?」  シンデレラの童話本の戸惑う声を聞きシンディも本を覗き込む。 『ネズミと言えばシンデレラの物語で魔法使いによって馬に姿を変えカボチャの馬車を引くという重要なファクターですね……  しかもこの魔法も初めからレベル4……あと一つでレベルマックスですよ』 「それでこの魔法はどういったものなの?」 『そうですねぇ、ネズミを使い魔として使役する魔法の様です……』 「何よ、随分と自信なさげね」 『基本は今言った通りの性能なんですがね、どうやらネズミ達は魔法の使用者の心を読み取り任意で自律行動をするようなんですよ……慣れないと些か使いづらいのでは』 「要は私が明確な指令のイメージをネズミ達に伝えないといけない訳ね」 『イグザクトリー、その通り……シンディ、習うより慣れろといいます、取り合えず魔法を使ってみましょう』 「分かったわ……出でよネズミさん!!」  シンディの手の上にある童話本が光り輝く……すると微かに何かが近付いて来る音が聞こえ、それは次第に大きくなっていく。 「何なの? この音は……」 『これはネズミがここを目指して集まって来る証拠でしょう、しかしこの振動の大きさは……』  校内から屋上へと繋がるドアが開くと夥しい数のネズミ達が氾濫した川の泥流のように流れ込み、屋上は灰色と茶色のまだら模様で埋め尽くされた……こちらを見つめる無数の目が光る……チューチューとネズミの鳴き声はけたたましく、その数は数千匹を優に超えていた。 (しかしレベル4とは言え、ここまでの数を集めるとは……灰村シンディ、あなたは一体何者です?)  童話本はシンディを訝しむ……しかしこれもひとえにシンディが今まで積み上げて来た人生経験そのものであった。  彼女は家の蔵がネズミに荒らされた時はネズミ捕りなどの駆除という方法に頼らずネズミ用に食料を皿に入れて置いていたり、下駄箱の嫌がらせにネズミの死体が入れられていた時は他の動物同様学校の裏山に葬っていたのだ。  その行いが【ネズミの恩返し】をより強力な魔法へと昇華させてのである。 「きゃあああああっ……!! ネズミ!! いやあああああっ!!」 『あなたが呼んだんですよ? そんなに嫌がっては可哀そうじゃないですか』 「一匹二匹ならともかくこの数は無理無理無理!!」  シンディは目を瞑り頭を抱えて蹲ってしまった。 『やれやれ……これでは先が思いやられますね』  呆れかえる童話本。 「そんなこと言ったって!! どうして……どうして私ばかりこんなに嫌な思いをし続けなくちゃいけないの!? 私を追い詰めるものはみんなどこかへ行ってしまえばいいのに!!」  普段、声を荒げたことのないシンディがありったけの感情を吐露する。  するとネズミ達は一瞬動きを止めたかと思うと物凄い勢いで一斉に屋上から散っていった。 「何!? 一体何が起こったの!?」 『今あなたはネズミ達に指令を送ってしまったんですよ……言ったでしょう? あのネズミ達は主人の意思を汲み取って自ら行動すると』 「どういう事よ……?」 『すぐにわかります』  程なくして下の校舎が騒がしくなる……屋上まで響いてくるこの声は悲鳴だ。 「まさか……」  顔面蒼白のシンディは急いで階下へ駆け下りた。  すると彼女のクラスの教室からクラスメイト達が飛び出てくる……その身体には全身を埋め尽くすほどのネズミが群がっており、噛み付かれ血が流れている。 「ぎゃああああっ!!」 「きゃああああっ!!」  悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒たち……床に倒れのたうち回る者、身体に付いたネズミを剥がそうと暴れる者……その光景はさながら地獄絵図であった。 「何なの……何なのよこれ……」  眼前の惨状に茫然と立ち尽くすシンディ。  口からはうわ言のように疑問の言葉が垂れ流されるのみ。 『ネズミ達はあなたの要望を忠実に実行しているに過ぎません……  よく見てください、あなたのクラスの人間以外は襲っていないでしょう?』 「どういう事よ……」 『過去、あなたに危害を与えたり蔑んだり不快感を与えた者しか襲っていないという事です』 「はっ……」  シンディは先ほど自分がネズミ達の前で言ってしまった事を思い浮かべる…… (私を追い詰めるものはみんなどこかへ行ってしまえばいいのに!!)  ネズミ達はそれを主人であるシンディに危害を加えた者たちの排除と捉えたようだ。 『それより良いのですか? その恰好で校内を歩いて……』 「あっ……」  自分が変身していたことを思い出し、慌てて腕で身体を隠す。 『冗談です、魔法少女の姿になっている時は普通の人間にあなたの姿は見えませんから安心してください』 「もう、脅かさないでよ……でもあなたがさっき言ったことが本当ならもしかして……」 「ぐわああああっ!!」  廊下の向こうからもう一人ネズミ達に襲われている人物が現れた……それは彼女のクラスの担任教師であった。  程なくして担任教師は力尽き、その場に倒れ伏す。 「やっぱり先生も……」 『まあ自業自得といった所でしょうか……いじめを受けていたあなたを助けようともしないのですから当然の報いでしょう』 「でも、ここまでしなくても……」 『本当にそう思っていますか?』 「えっ?」 『ネズミ達がここまでの行動をとっているのはあなたの心が求めているからでしょう?』 「そんな、そんな事無い……」  シンディは頭を抱え激しく振るう。 『でも御覧なさい、この惨状は現実に起きているのですよ? それを作り出したのはあなただ』 「嘘っ……私はこんなこと望んでいない!!」  遂には床に膝を付き屈みこんでしまった。  するとそれが切っ掛けになったかのようにネズミ達は生徒たちから離れ、群れを成して何処かへ去っていった。 『どうやら気が済んだようですね……命までは取らなかったなんて本当にあなたはお優しい!!』 「………」  童話本の皮肉たっぷりの言動に無反応なシンディ……彼女の心は擦り切れる寸前であった。 『所であなたの憎しみの対象はクラスメイトだけではなかった筈ですよね?  そちらはどうなったでしょう』 「まさか……」  シンディは突如として駆け出した……校舎から飛び出し、更に加速していく。  到底人間の、運動音痴であるシンディが出せる速度ではなかった……これはシンデレラに変身した事による身体強化の賜物なのだが、今の彼女にはそれを驚く心の余裕はなかった。 「お義母さん!?」  辿り着いたのは自分の家……今の時間なら継母が家に居るはずだ。  シンディは乱暴に玄関の引き戸を開ける。 「お義母さん、どこ!?」  今へと繋がるふすまを開けると……。 「あっ……ああっ……」  居間の床で血まみれになって倒れている継母の姿を見つけた……目を見開き痙攣している。  学校での事件同様彼女の身体にはネズミによる無数の噛み傷があった。 『おやおやこれは酷い……このままだとショック死してしまうかもしれませんねぇ』    特に心配していなさそうな童話本の声。 「救急車を呼ばなきゃ……」  シンディが固定電話に手を伸ばす。 『助けるのですか? 財産目当てであなたのお父様と結婚し、その死後あなたをぞんざいに扱ったその女を?』 「命まで取る事は無いわ……」  指は既に119番を押していた。  放課後……いや正確にはネズミ事件で学校が急遽閉鎖されたために下校してきたのだが、シンディは自室のベッドにうつ伏せで突っ伏していた。  いま家に居るのはシンディ一人だ。 「英華も愛華も襲われていたなんて……」 『当然でしょう……恨みは受けた相手全てに平等に返して然るべきですから』  クラスメイト30人、担任の教師、シンディの母と姉妹が一斉に運び込まれこの街の病院はさながら野戦病院状態であった。  病院は一か所で足りず、近隣の街の病院にまで搬送されてしまったほどだ。 『しかしこの騒動のお陰で【ネズミの恩返し】恩返しはレベル5に到達しましたよ』 「まさか……人間を襲っても経験値が入るの?」 『ええ、無論です……それが一番手っ取り早く経験値を入手する手段ですから』 「狂ってるわ……普通こういうのは魔物を退治して得るものじゃないの?」 『それは何の話しでしょう? 何故それが普通だと?』  童話本は小首を傾げるが如く本である自らを斜めにする。  シンディの発言はアニメやゲームによって植え付けられた知識であり、実際には存在しないはずのものに対するある種の固定概念だ。  しかし実在してしまった魔法少女にはどうやらその常識は当て嵌まらないらしい。 「私、もう嫌……」  枕に顔を埋める。 『何を仰る、あなたはもう動き出してしまった船から降りることは出来ないのですよ? 何もしなければあなたを待つのは破滅だけです』 「………」  しばしの沈黙……しかしそれを打ち破る様に玄関のチャイムが鳴る。 『お出にならないのですか?』 「今行くわよ……」  不機嫌そうに玄関へと向かう。 「はい、どなた?」 「こんにちは、初めまして」  玄関を開けるとそこには見たことのない美少女が立っていた。  髪は栗色、頭の上にちょこんとベレー帽を乗せ、この辺では見ないどこかの学校の制服を着ていた。  大きな愛らしい目でシンディを見つめ、彼女はぺこりと丁寧にお辞儀をする。   「どうも……あの、ところで家に何か御用でしょうか?」  おどおどとした態度のシンディ……彼女は長い間いじめられ続けたせいもあってか初対面の人間に対して極度に人見知りをしてしまうのだ。 「あなた御伽(おとぎ)高校の生徒さんですよね?」 「はい……そうですけど」 「今日学校で事件が起こったでしょう? 何人もの生徒たちが病院に担ぎ込まれたってお話を聞いてね、ちょっと事件に興味があってそれで関係者にお話しを聞いて回ってるんです」 「………」  シンディの額から止めどなく汗が滲み出る。  果たして目の前のこの少女は何者なのだろうか?
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