第9話 灰村シンディの初陣

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第9話 灰村シンディの初陣

 「うわあああああっ……」  声を張り上げこちらへ向かってマッチ売りの少女が飛び掛ってきた。  咄嗟に避けるシンデレラであったが相手の纏っている炎の熱に表情が歪む。 「熱い……距離を開けて避けたはずなのに……」 『見た目の炎の大きさに惑わされてはいけません!! あれは相当強力な炎の魔法です!!』  振り向きざまシンデレラは呼び出したモップを手に握り構えた。 「あ……ああああ……ああ……」  マッチ売りの少女の口から呻き声が漏れ出す。  その声は実に不気味で、しかしそれでいてどこか物悲しさを伴うものだった。 『あの魔法少女、既に自我が崩壊しかけていますね……ただ目の前の物を手あたり次第に襲う魔物と成り果てている』 「そんな……」  シンデレラは感じ取っていた……マッチ売りの少女から噴出しているものは魔法力でも炎でもない……あれは怨嗟や憤怒の感情が魔法の力を借りて具現化したものだ。 「憎い……人が憎い……この世の全てが憎い……」 「あ……」  マッチ売りの少女からうわ言の様に吐き出される恨みの言葉。  それを聞いたシンデレラは脱力したように棒立ちとなってしまった。 『どうしたのですシンデレラ? 早く戦闘態勢に入らなければやられますよ!!』 「そっ、そうね……」 (いけないいけない……きっとあの子は私と同じ……でも同情は自分の死に繋がる……)  気を取り直しモップを構える。  マッチ売りの少女が左腕に下げている籠に手を入れマッチ箱を一つ取り出した。  そして中のマッチを一本、徐に箱の側面にマッチを擦り付ける。  童話通りとすれば非道な父の言いつけで雪の積もる往来でマッチを売ることを強要された少女が寒さと空腹を紛らわせるためにマッチを灯すと、温かい暖炉や美味しそうな料理、そして最後には優しかったおばあさんが現れ、マッチ売りの少女を天国へと連れていく展開だ。  しかしこの魔法少女バトルではどんな展開を見せるのかシンデレラには見当もつかない。  だがあのマッチを擦るという動作は魔法の発動を意味する事だけは分かる。 『敵の攻撃が来ますよ!! 警戒してください!!』 「うん、分かってる」  マッチ売りの少女の手元のマッチの炎が徐々に大きくなっていく……やがて路地の幅一杯の巨大な火球が形成される。 「燃え尽きろ……」  巨大火球がシンデレラに向かって放たれた。  スピードは無いが確実にこちらへ迫って来る。   「【掃除(スイープ)】!!」  シンデレラが前方にモップで大きく円を描く……それはそのまま空中に壁となって固定され飛んできた火球と衝突した。 「きゃっ!!」  予想外の強い衝撃波に思わず両手で顔を覆うシンデレラ。  爆炎が上がり前方が見えない。 『危ないシンデレラ!!』 「えっ……!?」  煙の中突然現れたマッチ売りの少女の腕にシンデレラは喉元を掴まれてしまった……そのまま身体を持ち上げられ足が地面から離れる。  ギリギリと絞める力を強め確実に相手を死に追いやろうとする強烈な殺意がその腕から伝わって来る。 「が……はっ……何て力……」  マッチ売りの少女の腕にしがみ付き何とか引きはがそうとするが簡単には外れない、おまけに身体に纏っている炎の熱気もシンデレラを襲う。  苦しさのあまり口から溢れた泡立つ唾液が顎を伝い滴る。 「この……!!」  もうなりふり構っていられない、シンデレラはマッチ売りの少女の顔面を両足で蹴りつけ彼女を吹っ飛ばした。 「ゲホ……ゲホ……ガハ……」  何とか解放されたが喉に残る閉塞感に盛大に咽る。 (何よ、何なのよこれは……本当に死ぬかと思った……) 『次!! また来ますよ!!』  童話本の呼び掛けにハッと我に返る。  マッチ売りの少女が再びマッチを擦り始めたのだ。 「ダメ!!」  シンデレラが慌てて駆け出すもすでに遅し、マッチに火が灯ってしまった。  立ち昇った炎はスクリーンの様に何かの像を空中に映し出した……それは少しづつ形を定めていき、やがて人型を成し実体化して地面に降り立つ。 「あれは……おばあさん?」  炎の中から現れたのは玉ねぎ頭にワンピースを着た高齢の老女であった、しかし皺だらけの顔とは対照的に身体は三メートル以上あり筋骨隆々であった。 『これはこれは随分と逞しいおばあさんですねぇ』 「バカ言わないで!! あんなおばあさんがいるもんですか!!」  童話本のとぼけた言動に怒りの突っ込みを入れる。 「ハアアアアアア……!!」  老女は口元から湯気を立ち上らせ唸っている……そしてシンデレラを視界にとらえると一目散に突進、拳を繰り出してきた。 「フン!!」 「危ない!!」  シンデレラが咄嗟に飛び退くが、直前に彼女が立っていた地面に老女の拳が突き刺さり砕けたアスファルトの破片が派手に飛び散る。   「きゃあ!! 何なのあれ!?」 『恐らくマッチ売りの少女の召喚系魔法だと思われます、童話では最後に擦ったマッチから現れて少女を天国へと連れていくおばあさんですかね……今の場合私たちが天国へ連れて行かれそうですが……』 「笑えない冗談だわ!!」  尚も執拗にシンデレラを追い回す老女……シンデレラは逃げ惑うのが精一杯だ。  その間も老女の拳はブロック塀を粉々に破壊し、振り上げた上段蹴りは電柱をいとも簡単にへし折っていた。 「一体どうすれば……」 『このおばあさんをどうこうするのは今のあなたには無理です』 「ええっ!? そんな無責任な……」 『狙うならマッチ売りの方でしょう』    逃げながらマッチ売りの少女の方を見る……するとまだ彼女の手には火のついたマッチがあった。 「まさかあれが灯っている間はこのおばあさんは暴れ続けるってこと?」 『恐らくそんな感じでは無いのでしょうか……しかも火を消さないために彼女はその場から動けないらしい』  童話本が言う通り確かにマッチ売りの少女は先ほどの様に自分から攻撃を仕掛けてこない。  老女と挟撃してきたらと思うとぞっとしないものがある。 「分かった、私に考えがあるわ」  シンデレラは踵を返し立ち止まる……そして天に向かって両手を掲げた。 「【掃除(スイープ)】!! バケツよ、い出よ!!」  マッチ売りの少女の頭上に突然バケツが現れた、しかし老女はシンデレラの目前まで迫っている。 「マッチの火を消して!!」  シンデレラが両腕を下ろすとそれに連動しバケツが傾き、中の水が頭からマッチ売りの少女に降りかかった。 「………!!」  いきなり水浸しになってしまったマッチ売りの少女……身体を覆っていた炎は無論の事、手元のマッチの火も当然消えてしまっている。 「ひっ!!」  迫りくる老女の拳に対して防御姿勢を取るシンデレラであったが、老女はその直前で霧をかき消すかのように消えてしまった。 「危なかった……」  ヘナヘナとその場に腰を抜かす。  咄嗟とはいえ【掃除(スイープ)】で今まで出したことがなかったバケツを召喚できたのはある意味博打であった……結果は大成功だった訳だが。 「うう……うわぁ……ああ……!!」  マッチ売りの少女の呻き声が聞こえる……新たに取り出したマッチを擦ろうとしている様だが水を被ったマッチは湿気てしまい火が着かない。  諦めきれずに乱暴に他のマッチ箱を取り出し同様に擦るが結果は同じだった。  地面にマッチ箱が散乱するのみである。 「ひいいいあああああ……!!」  頭を両手で抱え激しく振りマッチ売りの少女が更に錯乱する。  それはもう気の毒なほど狼狽している。 『さあシンデレラ、今の内に彼女に止めを』 「………」 『どうしたのですかシンデレラ?』 「……どうしても倒さなきゃダメ?」  シンデレラは悲しみを湛えた表情で言葉を絞り出す。 『何を言っているのです? 魔法少女の戦いは命の奪い合いだと既に伝えたはず……実際あの娘は本気であなたを殺しに来ていたでしょうに』 「それはそうなんだけれど……」  なんとも歯切れの悪いシンデレラ。 『まさか同情しているのですか? 彼女に?』 「詳しくは分からないけれどあの子もきっと私と同じだったんだ……世界が、人間が憎くて仕方なかったんだ……そう思うとあの子を殺すなんてとてもできないよ……もしかしたら私かこうなっていたかもしれない」  目を伏せながらつぶやく。 『やはりあなたは甘いのですね……そんな事では長生きできませんよ?』 「………」  そんな時シンデレラの背後から何かが高速で接近、そのまま脇を通り過ぎていった。 「なっ……何!?」 「きゃああああああっ……!!」  突然のマッチ売りの少女の悲鳴……棒状の何かが彼女の胸に刺さっている。   「大丈夫!?」  背中から仰向けに倒れたマッチ売りの少女に駆け寄るシンデレラ。  抱え起こすが口から大量の吐血をし、マッチ売りの少女は絶命した。 「これは一体……」  マッチ売りの少女の胸に突き刺さっていたのは竹槍だった。  次の瞬間、背中に氷を突きつけられたような鋭い視線を感じすぐさまシンデレラが振り向くとそこには長い黒髪に美しい和服を着た美少女が立っていた。
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