そこにいるだけで

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 自分の部屋に面接相手の資料を詰めた鞄を放り込み、スーツから部屋着へ着替える。しばらくテレビでも見て寛ぎたいところだったが、俊之の足は居間とは反対へ向く。廊下の奥に設えてある引き戸を叩いても応じる声はないが、部屋に入ると主はいる。  電動で高さや頭、足の角度が変えられるベッドを使い始めて二年になるという。古びたラジカセからイヤホンが伸びていて、ベッド上の祖母の佳枝の耳につながっている。佳枝は頭の角度を少し上げたまま眠っていて、俊之が声をかけても反応はなかった。  一度部屋を離れた俊之は、手にバケツを持って戻ってきた。ラジカセと戸棚、ベッド脇のテーブルぐらいしか目に付くものがない佳枝の部屋には、ベッドの陰に隠すように紙おむつとパッドが置かれている。残り枚数は半分を切っていて、そろそろ補充しなければならないだろう。 「おばあちゃん」  灯りを点けてから改めて声をかけ、肩を叩いてみると、佳枝は薄く目を開けた。それから少し間を置いて、口元を緩めた。 「ああ、とっちゃんか」
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