そこにいるだけで

3/49
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
 イヤホンを外しながら、少し間延びした声を上げる。昔はもっとはきはきした喋り方をしていたが、いつの頃からか語り口が緩やかになっていた。 「いつ帰ってきたの」 「さっきだよ。外、雨降りそうで早く帰ってきた」 「そう。ここにいると全然わからなくてね」  雨戸は閉まっていないが、佳枝の部屋は昼間でも薄暗い。隣家がちょうど日差しを遮るように立っているせいで、あまり快適な環境とはいえない。 「パッド換えるよ」 「ああ、そうね。何かちょっと漏れてるかもしれないから、着替えもやって」  傍に寄ってみて気づいたが、確かに饐えたような臭いがしている。布団をめくるとパジャマのズボンに染みができていた。それが臭いの元だろう。 「ごめん、うまくできてなかった」 「良いよ、変えてくれたら良いんだから。気にしないよ」  昔ほど大きく表情を動かせない顔で、佳枝は笑った。気にしないとはいえ、パジャマの染みは腿に触れる位置にある。ずっと眠っていたようだが、染みの冷たさは気になっただろう。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!