そこにいるだけで

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 昔の和美は、人前で喋ることもできない女の子だったと思い出す。それが高校、大学と進むたびに明るくなっていった。変われば変わるものだと俊之は感慨深くなった。 「家に帰ってきたって聞いたけど」 「そうだよ。まあ、色々」 「その辺は後で聞きましょう。どーせ飲まなきゃやってらんないって状況なんでしょ」  細かいことを抜いて言い表せば、まさにその通りだった。 「まーね」  応じる自分の声も、自嘲を帯びていながら意外と気楽に聞こえた。仕事を辞めたことも、一人暮らしを続けられなくなって実家へ戻ってきたのも、全て自業自得ではある。それをわかったところで、今の自分には悪い状況を打破するだけの手段がない。どうしようもないのなら、せめて仲の良かった従姉妹と会って飲んだ方が、一人で思い悩むより建設的だろう。  和美は駅から少し離れた居酒屋へ俊之を導いた。その足取りは慣れていて、店先で迎えた店員に人数を告げる声にも緊張はない。 「よく来てるんだな」  個室へ案内され、向かいに座った和美に訊くと、昔のことだよ、と答えた。 「あたしの家、ここから近いじゃん。家族でよく来たもんだよ」
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