そこにいるだけで

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 和美は薄い笑みを見せながらメニューを開いていた。今回の飲み会は、実家に帰ってきた俊之を迎えるためと言って和美から言い出したことだが、彼女自身にも吐き出したいことがあったのだろう。そして、それが許される相手が近くにおらず、わざわざ俊之を呼びつけないといけない。そんな和美の状況も、自分とは違った意味で心苦しいものに見えた。  和美は一年浪人した後に大学に入った。四年間で一度も留年はしなかったが、卒業時に就職することは叶わず、大学院進学を選んだ。それが去年のことだから、今から一年後に再び進路を選ぶ時期が巡ってくることになる。やがて運ばれてきたシーザーサラダと焼き鳥を取り分けてやりながらさりげなく進路のことを訊いてみると、 「どうしようかねえってところ。公務員試験の勉強はしてるけど」  和美の返事は頼りないものだった。年長者として、先に社会人になった者として何か言ってやりたいところだが、俊之に思いつく言葉は焦るな、というさっきと何ら変わりのないものだった。助言一つ満足にできない自分が情けなくなってくる。
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