そこにいるだけで

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1  実家の鍵を開けても人の気配を感じないことに俊之は安堵した。外は雨模様で薄暗いがまだ四時を回ったばかりで、両親が帰ってくるまで二時間はかかるだろう。三十年以上共働きを続ける夫婦は、定年の歳を迎えてもまるで意に介さずそれぞれの勤め先に籍を置いている。日中顔を合わせなくて済むのは気楽だが、そういう勤勉な両親の下に生まれながら平日の昼間に帰宅することは親不孝だと思った。  就職以来住み続けてきたワンルームマンションを引き払い、築二十年の実家へ大学卒業以来四年ぶりに戻ってから間もなく一ヶ月になる。父親にきつく言われたこともあって、戻った翌日にはハローワークに足を運んだものの、今まで成果はない。担当者との面談を重ね、初めて面接へこぎつけるまで一週間かかった。その面接はいやに会話が弾んだが、後から思うと、それはお互い気持ちよく縁を切るためだったのかもしれない。三日も経たずに不採用通知が届いて、今更ながらに現実の厳しさというものを思い知る心地だった。
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