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11 コンビニの冷やし中華
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)11
「コンビニの冷やし中華」
日本に来る外国人にコンビニの弁当が評判である。
お花畑のように可憐でありながら、安くて美味しい。商品開発は自動車や家電のような情熱が注がれ、品質管理は医薬品のように厳密に行われる。そのクレイジーなまでにクールなコンビニ弁当は、ネットで繰り返し取り上げられ、中にはコンビニ弁当を目的に日本に来る外国人が居るくらいである。
「そんなこと、ずっと前から知っているわ」
ミリーは豪語する。
ミリーはコンビニ弁当の中でも冷やし中華が大好きだ。食べ方にもこだわりがあって、買った冷やし中華を小さな特製クーラーボックスに入れてお出かけする。気合いの入った時は京都や奈良、近場では大阪城公園や花博公園、どうかすると近所の公園などで冷やし中華を食べている。
「なんで外で食べるのん?」下宿先の真理子に聞かれる。
「う~ん」と唸る。
「なんでえ……?」
ミリーが真剣に考えた時はマニッシュに腕を組んで目が斜め上を向く。だから真理子の追及も真剣になる。
「一言でいうと、気持ちがいいからなんだけど。なぜ気持ちがいいかというと、あの美味しいサワーの感覚は青空が合うの。それからね、コンビニ弁当っておいしいけど、包装のパックやフィルムがざんないでしょ(「ざんない」は、ミリーが覚えた数少ない大阪弁。ミリーは来日する前に日本語をマスターしていたので、大阪訛にはならないが、古い大阪弁が好きなのだ)。だから、家の中で食べると、ちょっと凹むけど、外だと気にならないんだよ」
「ふ~ん……」
真理子は、もうひとつ理解できないが、こういう飛んだところも含めてミリーのことが大好きだ。
冷やし中華との出会いには、腐れ縁と言っていいエピソードがある。
「冷やし中華食みたいやなあ……」
中三の夏に、斜め後ろの男子に呟かれた。
真田山中学に入って日本人に幻滅していたので、クラスメートとはろくに口をきかなかったが、この一言が気になった。単なる冷やかしではなく、無垢な冷やし中華への憧憬を感じたからである。
「ヒヤシチュウカってなに?」
聞かれた方の男子が驚いた。
「あ、えと……」
男子は、めずらしく幻滅や蔑みではないミリーの言葉に素直に答えてしまった。
「ラーメンのクールバージョン……ミリーの髪の毛見てたら食べたなってきてん!」
「え、わたしの髪?」
で、探求心旺盛なミリーは学校の帰りにコンビニで冷やし中華を買って、それ以来ハマってしまった。そのミリーの斜め後ろで呟いた男子が、野球部でエースと言われた小山内啓介であったのである。
連休の谷間、きのうの昼休み、ミリーの教室に車いすの一年生女子がやってきた。
「あの、なんか用かしら?」
一年生女子は、ブロンドのミリーが流ちょうな日本語で聞いてきたので驚いた。
「あ、えと、演劇部の小山内啓介さんはいらっしゃいますか?」
「え、啓介? あなた、ひょっとして演劇部の入部希望者!?」
「は、はい……」
ミリーと沢村千歳との出会いは冷やし中華とはなんの関係も無かった。
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