13 え、あ、はい!

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13 え、あ、はい!

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)12 「え、あ、はい!」                       とにかく驚いた。  生徒会副会長の瀬戸内美晴から「5人以上の部員がいなければ、同好会に格下げの上、部室を明け渡し!」と宣言されて2週間。  部員募集のポスターを貼ったり、身近な生徒にしつこく声を掛けたり、せーやんに頼んで3Dホログラムで部員を多く見せて発声練習をしてみたり。そのことごとくが空振りで、今週の金曜日には演劇部のお取りつぶしは確定する運命なのだ。  そこに、入部希望者がやってきたのだ!  部室のドアがノックされた時は瀬戸内美晴の催促かと思い、ぞんざいに「開いてますよ」と顔も向けずに返事した。  ガラガラとドアの開く音がしたが、開いたドアの所に人影はなかった。  啓介の定位置である窓側の席からはドアの上半分しか見えない。机にうず高く積まれたガラクタが視界を狭めているからだ。でも見えないと言っても床から1メートルほどである。空堀は幼稚園でも保育所でもない、高校なんだから身長が1メートルに満たない人間など居るわけがない。 「なんや、気のせいか……」  啓介が、そう思ったのも無理はないかもしれないが、きちんと確かめなかったのは、入部希望者など来るわけがないという思い込みであったのかもしれない。 「入部希望なんですけど!」 「イテ!」  啓介はびっくりして立ち上がり、その拍子にパソコンに繋いでいたイヤホンがバシッっと外れて耳が痛んだ。 「あ、あの……入部希望者?」 「はい………………なにか?」 「あ、いや…………」  入部希望者はルックスこそ可愛かったが車いすだった。車いすだから見えなかったんだと、啓介は納得した。  次になんで車いすの子が、演劇部に入ろうとするんだ? という疑問が湧いた。  そして車いすの子という戸惑いがきた。空堀高校はバリアフリーのモデル校ではあるけれど、友だちの中に身障者の生徒はいなかった。中学までは野球ばかりやっていたので、身近に関わったこともない。演劇部は看板だけだけれど一応は演劇部、車いすで演劇はあり得ないだろう……などなどが一ぺんに頭に浮かんだ。 「車いすじゃダメなんて、ポスターには書いてなかったけど」  見透かしたように車いすの少女は言う。 「もっとも、仮に書いてあったとしたら、それって差別だし」 「え、ああ、そうだよ、そうだよね。障害があるとかないとか、そんなのは全然関係あれへんし」 「それじゃあ……」 「あ、ああ、ごめんなあ。もう入部希望者なんかけえへん思てたから、びっくりしたんや。まあ、こっちの方に、まずはお話し聞こか」  少女は器用に車いすを操って、啓介が指し示したテーブルの向こう側ではなく、啓介の横に来た。 「1年2組の沢村千歳です。これが入部届」  保護者印と担任印のそろった書類をパソコンの横に置いた。  その間、啓介は計算していた――足の不自由な子が入部したら、学校もムゲに演劇部を潰すこともでけへんやろ。ひょっとしたら、この子一人入っただけで存続確定かもしれへんなあ!―― 「あたし、演劇部潰れるの前提で入るんだから。そこんとこよろしくね」 「え……ええ!?」 「この部室グチャグチャじゃん。棚の本は色あせてホコリまみれだし、ゴミ屋敷寸前の散らかりよう。とてもまともに部活やってるようには見えないわ」 「いや、これはやなあ……」 「それに、なによ、これ?」  千歳の視線はパソコンの画面に移った。 「あ、ああ!」    パソコンの画面では、ボカシの入った男女が絡み合ってあえいでいた。千歳が入ってきたときに驚いてクリックしてしまったようだ。 「四の五の言わずに入れてちょうだい。さもないと部室でエロゲやっているって触れ回っちゃうわよ」 「え、あ、はい!」  演劇部の新しいページがめくられた瞬間であった。
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