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5 大きなため息が重なった
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)5
大きなため息が重なった
目的があったわけではない。
本さえ広げていれば格好がつく。
図書室というのはシェルターだ。
でもシェルターというのは一時避難するところで住みつくところではない。だのに千歳は放課後になると図書室に来てしまい、姉が迎えに来るまでの90分ほどを過ごすことが日課になってきている。
いっそ辞めてしまおうかとも思い始めている。
空堀高校を選んだのは、完全バリアフリーということと姉が空堀高校の近所に住んでいるという2つの理由からだ。
横浜からわざわざ来るほどの理由じゃない。
千歳は両親から逃げたかった。逃げるために大阪の高校を選んだのだ。
父も母も千歳の足が動かなくなったのは自分たちのせいだと思っている。口に出すことこそ少なってきたが、どうしても態度に出てしまう。
近所のコンビニに行くときでも「どこへ?」と声がかかる。明るく言ってくれるのだが、声の裏に過剰な気遣いを感じてしまう。
「コンビニ、直ぐ帰って来るから」
そう返事すると「あ、そう」と返ってくる。「あ、そう」なんだけど、大丈夫なんだろうか? 無理してがんばってるんじゃないだろうか? がんばらせているのは自分たちのせいだ、というような思いが潜んでいるのでやりきれない。ちょっと夕方にかかったり雨とかが降っていると、こっそりと着いてくる。千歳の車いすにはミラーとドライブレコーダーが付いているので着いてこられると直ぐに分かる。父も母も、自分が電柱の幅よりも太いということが分かっていない。
だから高校進学をきっかけに横浜の家を出た。
「熱心に読んでるわね……」
振り返ると国語の八重桜が笑みをたたえて立っていた。
「アハハ、開いているだけです」
正直に言うが謙遜に取られてしまう。
「いえいえ、これでも国語の先生やから、読んでる読んでないはすぐに分かるわよ。沢村さん、太宰を系統だって読んでるでしょ」
「あ……それはですね……」
千歳は――しまった!――と思った。もともと読書家なので、本を前に置くと自然に目は活字を追いかけてしまう。実際は追いかけているだけで読んではいない。太宰を選んだのも、中学の時に代表作は読んでいたので、ぼんやり書架に手を伸ばすと太宰になっただけである。
「いっそ文芸部に入れへん?」
「え?」
「読書仲間がいてる方が張り合いがあるわよ」
「あ。えとえと……」
とっさに上手い断り方が出てこなくて、ワタワタする。
「ま、考えといて。その気になったら、授業の終わりにでも声かけてくれたらええからね~♪」
半分千歳をゲットしたような嬉しさをまき散らしながら、八重桜は根城である司書室に戻っていった。
――好きで読んでいるのか、エスケープのためか分からないのかなあ――
学校を辞めたい気持ちはつのってくるが、辞め方が分からない。
辞めるにしても、致し方なかったということにしたいのだ。これ以上の心配をかけたくないし、自分が新しい環境に馴染めず負けて帰るというイメージにはしたくなかった。
「「ハ~~~~」」
大きなため息が重なった。
アニメだったら、空堀高校の上に大きな書き文字で現れるところなのだが、図書室と演劇部の部室に別れているので、ため息の主たちは気づかないのであった……。
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