7 ああ演劇部!!・2

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7 ああ演劇部!!・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)7 ああ演劇部!!・2                      「あら、懐かしいわね」  車いすを押す手を休め、感心したように姉の声が弾んだ。  中庭の植え込みの向こうから「あめんぼ赤いな アイウエオ……」と、発声練習の声が聞こえてくるのだ。  入部することを決めていた千歳も驚いた。    なんせ演劇部は、部員が一人しかいない。だから生徒会から連休明けの5月12日までに部員が5人以上にならなければ同好会に格下げされた上に部室を明け渡さなければならない。そんな演劇部が発声練習などやっているわけがない、それも10人ほどがよく通る声でやっている。  ……ありえない。 「ちょっと見にいこうよ」  留美は千歳の返事も聞かないで車いすの進路を変更した。 「すごいね、高校の演劇部とは思えないわね……」  車いすは藤棚のところまでしか行けなかった。夏に咲く花を守るための柵がしてあって、車いすでは、それから先には行けないのだ。  歩いてなら行けそうだけど、他に生徒はいなかった。演劇部への関心は、かなり低いようだ。 「上手…………なんだけど、なんで、あんなとこでやってるんだろう?」  留美は不思議に思った。  演劇部は、使われなくなった浄化槽の上で発声練習をやっていた。南館の北側で日当たりが悪い。  発声練習は2分ほどで終わってしまい、ジャージ姿の部員たちは変電室の陰に消えて行った。 「集中してたわね、だれもあたしたちに気づかなかったわ」  留美は感心したが、千歳は――あれ?――と思った。演劇部は一人しかいない、それがなんで? それに、なんか変だ?  だけど、その疑問が解消する前に演劇部は引き上げて行った。 「おねえちゃんも演劇部だったんだよ」  駐車場に向かいながら留美は続けた。 「え、それ初耳」 「3か月で辞めちゃったからね」  残念とも仕方が無かったとでも取れるニュアンスだ。地雷を踏みそうな予感がしたので、千歳は黙った。 「えー、車買い換えたの!?」  黙っていたぶん驚きの声が大きくなってしまった。 「リースよ、ウェルキャブって言うの。先輩がT自動車だから、実用試験兼て使わせてもらうの」  留美が小さなリモコンを押すと、自動的に助手席のドアが開いた。  この程度では驚かないが、続いて助手席がせり出してきたのにはたまげた。  せり出した助手席は90度回ってから車いすと同じ高さになった。 「どう、自分で移れる?」  車いすは助手席の横に並べられた。 「あ、うん、やってみる」  千歳は腕の力を使って助手席に移った。 「やっぱ、元バレー部だから楽勝みたいね」 「関係ないよ、普通の体力があれば簡単みたいよ」 「そう、じゃ、載せるよ」  ウィーンと小さな音がして助手席は正規の位置に収まった。 「すごいですね、見せてもらっていいですか」  いつの間にか先生や事務職の人たちが集まってきて、見学を申し入れてきた。 「え、あ、ああどうぞ」  中には千歳の学年である一年生の学年主任も混ざっている。 「車いすは、どうするんですか?」 「ええ、格納します。こちらです」  留美は空の車いすを押しながらオーディエンスを車のハッチバックに案内した。 「小型のクレーンが付いていて、これで吊り上げるんです……」 「「「「「おーーー!」」」」」  オーディエンスたちは感心して写真を撮ったり、車内を覗き込んだり「すみません、もう一回乗るところ見せてもらえませんか」と言って、千歳に3度も乗り込みをやらせた。そして、最後には拍手して発車するウェルキャブを見送った。 「さすがバリアフリーのモデル校ね、先生たち熱心に見てたわね」 「どうだか……」 「どうして?」 「設備とか、建物とか、車は見るのにね、障がい者のあたしのことは……」 「ふふ、そんな風に見てるんだ」  車はゆっくりと校門を出て行った。4月も末の夕方は、まだまだ日が高かった。  
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