部長室

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 奈々葉は目を覚ました。    まだ夜は明けていないようだった。バイクの音と時々鳴るウインカーの音と共にカーテンの隙間から入るオレンジ色の点滅は新聞配達だ。しばらくすると、玄関のポストから新聞が重たく落ちる音が聞こえた。    信也はまだ夢の中のようだ。    菜々葉は起き上がろうとした。身体が石のように重い。    体温を測ると、三十七度七分だった。 ✣  夜が明けて美希にラインを送った。    菜々葉『美希、熱、出ちゃった……』       美希『遠足が楽しみすぎて、熱出しちゃった小学生だね』    ――ホント。    美希の笑い声が聞こえるようだった。    すぐに追伸の通知音が鳴る。    美希『部長に伝える?』      菜々葉『うん……お願い』    子犬がラジャーというスタンプに送られてきた。菜々葉はスマートフォンのスクリーンを指で弾いた。    :  午後三時。インターホンのチャイムが鳴った。解熱剤が効いたせいか、身体が少し軽かった。    奈々葉は大きく深呼吸してインターホンの受話器を取る。小さい液晶がボンヤリと画像を映し出した。スーツ姿で、真面目そうなメガネの男。里井だ。    ふう、と菜々葉は大きく深呼吸してからインターホンに答えた。   「はい……」   「あのう……私、○☓情報サービスの里井と申します……」    いつもの里井の声に比べて、更に落ち着いた低い声だ。   「あ、はい、今、開けます……」    奈々葉は玄関の鍵を開けた。   「どうも……で、坂村に聞いたんだけどさ、宮崎、お前、大丈夫か?」    無表情な目が奈々葉を真っ直ぐに見る。里井の顔が目のアップになった。 「えっ……ぶ、部長? 私のカゼ……」    奈々葉は子猫のように首をすくめる。    冷たい手のひらに前髪が上げられた。   「どれ……」   「えっと……伝染っちゃいま……あっ……」    里井の額が奈々葉の額に触れる。冷たく固い額が――。    ――きゃあ、部長と……。    耳たぶに熱を帯びる。    ドクン、ドクンと自分の心臓の音が聞こえる。   「……うん、熱、まだちょっとあるなあ。無理すんなよ」   「あ……ハイ……」   ✣    その夜、奈々葉は三十八度の熱を出した。
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