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発熱の日のあとに
三日振りに奈々葉は出勤した。いつもは始業時間の三十分前に入るのだが、その日は一時間早く入った。
まだ、ガランとしたエントランスは寒々しい。シーンと静まったホールを通り、エレベーターに一人乗り込んだ。
✣
久しぶりに自分のデスクに座った。誰が片付けたのか、いつもは雑然としたその上が整頓されていた。
コトンと固い何かを置く音を置く低い音が広い部屋に短く響いた。
――えっ……?
香ばしいコーヒーの香りが菜々葉の鼻腔に広がった。
「うーっす……」
白いタオルを首に掛けた里井の姿があった。
「部長……」
「もう、こんな時間に開いてるんだ、ウチの会社……。そういやあ、こんな時間に出てくるなんて、新人の時以来だべ」
「……ですね? 私も知らなかった」
奈々葉はコーヒーカップを手にとって一口啜った。
「コーヒーはリラックス効果ってのがあるんだと」
コーヒーの香りと苦みが奈々葉の口に広がった。
「にっ…………があーい」
「ウソ……!」
里井が奈々葉のカップを手に取り一口啜った。
「熱っち……にっ……があ……」
「だ、大丈夫ですか、部長?」
里井の目を見る。
里井も奈々葉の目を見ている。
「……えっ……と……あの……」
――身体が震えて、言葉がでないよ。
チュ……。
薄く固いザラついた里井の唇を菜々葉の唇が捉えていた。
――ああ……。私……。
舌先でその感触を確かめる。コーヒーの香りと味を感じ取った。
里井の動きが止まった。大きく無表情な目を開き、やがて閉じる。
――ああ、私……。
奈々葉の中の時間が止まっていた。
「やっぱ、空気読めねえヤツだな……宮崎、お前って……」
――えっ……?
「ああ、私、……ゴメンなさい」
里井の冷たい両手が奈々葉の頬を引き寄せる。里井の呼吸が聞こえる。
奈々葉は目を閉じた。身体が震えていた。
唇が冷たくザラついた唇に覆われる。菜々葉は、コーヒーの匂いがする厚い胸に寄りかかる。
「あん……はむっ……」
トロっとした生温かいモノが唇に割り入ってくる。やがて、それが苦いコーヒーの匂いと味を奈々葉に送り込み始めた。
奈々葉の両方の腕が里井を筋肉質の背を引き寄せる。ネットリと柔らかい舌先が菜々葉の口腔で蠢いた。里井の舌を追う。
「ああ……んぐっ、んぐっ……」
奈々葉は息苦しかった。顔を左右にしゃくりながら時折口をOの字に開き、酸素を探した。
奈々葉を楽しむように蠢く里井の舌先が戯れ、唾液を行き来させる。泡立った唾液が菜々葉の喉元を滑るのが気になった。ただ、菜々葉の下腹が、スラックスの下で固くなった里井を捉えていた。
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