発熱の日のあとに

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 手洗いはシステム営業部とシステム情報部の事務所の間にある。距離にすると二十メートル弱で、そのすぐ隣には給湯室兼喫煙室があった。    ――誰にも会いませんように……。    シューと蒸気が噴き上がる音が給湯室から聞こえる。誰かの話し声がしていた。    奈々葉は美希から受け取ったタオルハンカチで口元を隠すように覆いながら手洗いに急いだ。    手洗いの入り口を開いた時、いつものようにパウダーや香水の匂いがしなかった。手洗いには誰の姿もなかった。    奈々葉は四つある個室の中で、一番奥の個室に飛び込んだ。    菜々葉は、自分の口を拭い、クレンジングシートで唇の周りに付着した口紅を落とした。そして手短にパウダーを叩き、口紅を引く。仕上げにそこをティッシュペーパーで押さえると、ふっくらした唇がそこに転写される。    ――ああ、里井部長と……。    胸が高鳴った。    呼吸が少し苦しかった。    菜々葉はシャツの襟元と上着に鼻を近づけて汚れと臭いを確認する。    遠くでコーヒーの香りがした。    先程の里井の唇が蘇る。身体が熱い。    ――少しだけ……。    奈々葉は膝の辺りまでショーツを下ろした。そのクロッチに小さな円状に粘りが滲んでいる。    奈々葉は冷たい壁に手を付き、身体をくの字に曲げて、自分の一番柔らかく湿った部分に指を這わせた。    ――私、会社のトイレでこんな恥ずかしいこと。    会社の手洗いでそのような行為をする後ろめたさを感じながら、自分の柔らかな部分を弄ぶ。指にテロンとしたモノが絡みつく。    ――凄い……。    指先に粘りが絡む。くちゅくちゅと粘り気が混ざる籠もった音が徐々に大きくなる。   「ああ……ん。部長、部長……んっ」    艶めかしい女の声が漏れそうになり、菜々葉は唇を噛み、息を飲み込んだ。    ――ダメ、こんな場所で……。    後ろのほうから前の方へ指を滑らせる。くちゅ、という粘り気の音と共に甘美な感覚が広がった。    :  :    手洗いの入り口から何名かの話し声が聞こえた。辺りが化粧品と香水の匂いに替わる。    奈々葉はガラガラとトイレットペーパーを引き出して、指先を拭った。
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