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タクシーがマンションの前に止まった。奈々葉は高層マンションを見上げた。
――部長にもなると凄いよ!
里井の部屋は十七階にあった。奈々葉は手のひらで里井のスーツの内ポケットを探り、部屋の鍵を取る。
玄関のドアを開けた。
里井の肩を抱くようにして部屋の中に入る。
里井が離婚したという噂は、誰かから聞いたことがあった。
――きゃ、汚い。でも、ウワサは本当だったんだ。
ビールの空き缶やコンビニ袋が散乱し、一杯になったゴミ袋が廊下に沿って並べてある。「男やもめにウジが湧く」というどこかで耳にした言葉が奈々葉の頭をよぎった。
✣
奈々葉は足の踏み場もない廊下を奥に入り、右手にあるベッドルームのスイッチを点ける。
――部長……。
その部屋は他の部屋と違い、きれいに片付けられていた。「きれいに」と言うか、この部屋だけは生活感が感じられなかった。
ダブルのベッドに腰掛けさせ、コートとスーツを脱がせハンガーに掛ける。
「さ、宮崎……俺さあ……」
里井は首が落ちそうなぐらいに項垂れ、ポツリポツリと語りだした。今朝の同僚の姿を思い出す。
「ハイ……」
奈々葉は里井の顔を見た。
眼鏡の奥の無表情な目に光るものが見える。
はあ、と里井が大きなため息をつく。
「俺、ダメなんだよ。ガンバれば頑張るほど……空回りすんの……。俺、若えころは一番だったんだよ?」
奈々葉は里井の肩を抱きよせた。
彼の頬に頬をよせる。少し伸びた白髪の混じるアゴ髭が奈々葉の頬に当たる。
「部長……?」
「ん……?」
「なら、頑張らなければいいじゃないですか? ――ね?」
奈々葉が彼の耳元で囁いた。
「宮崎……? おめえさあ……」
菜々葉は里井の目を見た。
「宮崎、おめえって、見た目よりポチャポチャしてんのな?」
――えっ?!
「えっ、部長! 私……。ああ、台無し……」
――せっかくキュンキュンしてたのに……。
「……」
里井の寝息が聞こえてきた。
「もおっ、知りません!」
奈々葉は里井をベッドに寝かせ、彼のメガネを外した。
――ふふふ、小さな子どもみたい……。
チュッ……。
少しやつれた彼の頬に唇を寄せた。
チュッ……。
今度は唇を重ねる。薄く固い里井の唇に……。
奈々葉は里井のリビングルームを片付けて帰った。
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