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唇に里井のざらついた唇の感触が残っていた。
誰かに「コラ!」と言われ、同時にパチンという手のひらを叩く音が奈々葉の耳元で弾けた。
「な、何よ?」
目の前で美希の子犬のような目が覗き込んでいた。
「奈々葉……」
美希が自分の腕時計を指差す。時計の針は十二時を指していた。
――もう、お昼だ。
「どうしたの? 奈々葉、恋する乙女みたいな顔してる」
「恋する……何それ?」
――やっぱ、美希は鋭い……。
「ボンヤリ自分の顔見てたり、って思えば、ニッコリ笑ったり、今だって……」
「今も?」
「奈々葉、目、ウルウルしてるし……」
✣
二人は社の展望デッキで食事をすることにした。
展望デッキというのは聞こえがいいが、昼食の時だけ社員に開放される最上階の部屋で、通常は資料室として使われている部屋だ。その奥で数名の者がざわざわと食事をとりながら話す声がしている。
奈々葉たちは入り口から遠い南側の窓際に座った。
✣
菜々葉は昨夜の出来事を美希に全て話した。
「えっ、う、ウソ……ちゅ、チュウ……?!」
美希が素頓狂な声を上げる。美希の箸が止まった。周囲の話し声のボリュームが小さくなった。
奈々葉は目だけで辺りを見渡して、人差し指を自分の唇に当てる。顔を縦に振りながら……。
「……ホント……なの……」
「……で、部長は……?」
「…………忘れてるみたい……完全に……それに私……」
――主人がいるし……。
「……二人の恋は険しい……よね?」と、美希が菜々葉の顔を覗き込む。
――分かってはいるんだけどね。………………。
涙が溢れて美希が滲む。頬を伝った涙が箸を持つ手に涙の滴が落ちた。
美希が自分のポーチからポケットティッシュを渡した。
「…………うん……色々……ね?」
「……うまく行くといいね? 私、応援していい?」
「うん……、ありがと……」
――でも、自信ないよ。
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