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部長室
疲れていた。昨夜、信也が入った場所がヒリヒリと痛い。
「わっ!」
美希の声がして、ポンと背中を叩かれた。
「うん……、何?」
「里井部長が『奈々葉呼んで来い』って……」
「えっ……何だろ……」
――ぶ、部長があ?!
システム営業部は入口を挟んで左手が第一、第二となっており、それぞれ右側に課長の席がある。
奈々葉は第二課に所属しているが、第一営業課長の席よりも奥は彼女にとって未踏の地だった。
奈々葉は咳払いをし、漆黒の重厚な扉をノックする。スタッフたちの視線を感じながら……。
菜々葉は姿勢を正し、扉の向こうの声に耳を傾けた。奥の方で「どうぞ」と言う声が返る。
「あっ、失礼します……」
高校生の頃に受けた面接の訓練を思い出す。
暗い煉瓦色の絨毯が敷かれた部屋の奥に漆塗りのデスクが据えてあり、その上には里井の決済を待つ書類が所狭しと散乱している。左手の書棚にはズラリと小難しそうな書籍が’ずらりと並んでいた。
「おお、宮崎っ……」
里井が肘掛けのある革張りの肘掛け椅子から立ち上がり、目を細めた。
「覚えてくれましたね、名前……」
「ああ……、空気読めねえ……ヤツってな……」
里井の白い歯が覗いた。
奈々葉の顔が熱くなる。
「あの時は……すみません」
「俺に向かってくる芯のあるヤツは男でもいねえよ。……で、俺に用……?」
「……ああ、いや……部長が呼んでる……いや、私が里井部長に呼ばれてるって……」
「え、俺が……何だっけ……」
美希のほくそ笑む顔が浮んだ。
✣
――美希のヤツ……。
「え、あ……ご、ごめんなさい……すぐ確認してきます」
奈々葉は頭を下げた。後ろに一歩下がり踵を返す。
「ああ……、いや、コーヒー飲みたいな。お前……宮崎の……。いや、時間があるときでいいからさ……」
――えっ?
「コ、コーヒー……あれ……安いインスタントですけど……」
「安いのでいいんだ。お前の作ったコーヒーが飲みたい……」
里井が無表情な目を細める。
「はいっ、少しだけ待ってくださいね」
菜々葉は舞い上がった。
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