プロローグ

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プロローグ

「バカヤロー!」    ○☓情報サービスの営業部部長、里井航(さといわたる)の激が飛んだ。事務所の大きな窓ガラスが震えたようだった。   「おはようござい……まーす」    なんとなく嫌な空気だった。   「何言ってんだよっ!」    地鳴りのようなその声に宮崎奈々葉(みやざきななは)が立ち止まり、頭を押さえて身体を低くした。    辺りを見渡した。    まるで時間が止まったようだった。事務所の至るところにいる者の時間が止まったようだった。    今、四十五歳の里井は学生の頃、声楽部に所属していたらしく、小柄ながら圧力のある怒声。大の大人でも殴り飛ばされるのではないかと思ってしまうくらいだ。奈々葉は彼が最近離婚した、という話を誰かから耳にしたことがあった。   「ダメだ、コイツ! 誰か手伝ってやれ」    バンと床に書類を投げつける。飛び散った書類がハラハラと空を舞った。    奈々葉の後輩、佐々木(ささき)という男が首が落ちるのではないかと思うほど項垂れている。   「部長? 里井部長? おはようございます」    里井の眼鏡の奥の無表情な目が奈々葉を睨みつけて言った。   「ちぇっ、ったく、空気読めねえ奴だな。おまえって宮崎」    里井の眉間に深いシワが入った。    奈々葉は床に膝をついてそこに散らばった書類を拾う。それを立ててトントンと端を揃えた。   「ハイ、元気出して! ガンバ、ガンバ」    と菜々葉は佐々木に書類を手渡して、優しくポンポンと肩を手のひらで叩いた。  周りの者が動き出す。止まっていた時間が動き出したように……。 「部長、ブラックコーヒー……です」   「ああ……」    里井は目を伏せ、ワリイな、と呟いてコーヒーを啜った。   「今から私が責任を持って、佐々木くんのサポートしますから……」   「ん、ごっそうさん……。美味かった」    里井が一気にコーヒーを飲み干した。その骨張った手のひらが奈々葉の肩をポンと叩いた。
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