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階段箪笥
真由はワクワクしていた。
今までずっと古い賃貸アパートで家族四人川の字に寝ていて、もちろん自室など夢また夢だったのが、両親がここにきて急に中古の一軒家を購入すると言いはじめたのだ。
間取りは申し分ない。一階にキッチンと二部屋、二階に二部屋とまさに家族四人が暮らすには申し分ない広さだ。二階が子供部屋となるのだが、早々と洋室のほうを妹が狙っているようだ。真由も譲る気はない。
家族揃ってその物件を見に行ったときにはまだ前の住人の生活の名残か、一部家具が残されていた。まだ新品同様の食器棚や、中でも真由の目に止まったのは二階の和室にあった階段箪笥だ。使い込まれていたが手入れが行き届いているのか、ピカピカに磨きあげられていて、一目で気に入った。すべて処分するものだと聞いて、食器棚とその箪笥だけは処分せずに置いといて欲しいと言うと、処分費も浮くということで二つ返事でOKしてくれた。
それから数ヶ月後、真由とその家族はその家に引っ越した。築30年とは思えないほど綺麗な物件で家族は新しい生活に希望に胸を膨らませていた。
真由はもちろん、あの階段箪笥のある和室を自室に希望し、元々洋室を希望していた妹と揉めることもなくお互いの自室が決まった。
なんてレトロでオシャレな箪笥だろう。これを小物入れにしてもいいし、上にオブジェやハーバリウムを置くのもいいかもしれない。
新生活が始まったある日、真由は小さな異変に気付いた。階段箪笥の引き出しが開いていたのだ。妹の仕業だと思った。
「ちょっと、私の部屋入ったでしょ?」
妹にそう迫ると怪訝な顔で知らないと言った。
「嘘!だって階段箪笥の引き出し、開いてたんだよ?」
「そんなのお姉ちゃんの閉め忘れでしょ?」
そんなはずはない。自分は、少しでも引き出しや扉が開いているのが嫌な性分なのだ。有り得ない。
「とにかく、アクセサリー貸して欲しいんなら、ちゃんとことわってからにしてよね」
その引き出しにはアクセサリーが入っているのだ。妹は以前から、勝手に人の服を着ていることがあったので疑いの目を向けたのだ。
あー、マジうざい。違うって言ってるのに、と言いながら、自室にこもってしまった。まったくなんて生意気な妹だろう。
ところが次の日また引き出しが開いていたのだ。今度はほんの少しだけ隙間が開いていた。見た瞬間に、何かがその隙間に入って行ったような気がして真由はぞっとして、すぐに引き出しを開けたが、何も入っていなかった。
「やだ、虫?」
真由は気持ちが悪くなって、すぐさま引き出しをすべて抜いて確かめたが虫はいなかった。念のため真由は防虫シートを買ってきて中に敷いた。
そして数日後の夜中、カタカタという音で目が覚めた。音の元を探ってみるとどうやらあの階段箪笥の引き出しから聞こえる。
やだ、今度はネズミ?そう思ったが小刻みに震えるその音はそれとは違う感じがした。得体の知れない恐怖が真由を襲う。いったい何?真っ暗で何も見えない。真由は思いきって電気をつけ、その正体を確かめようと見ると、引き出しが開いていて、その隙間から黒く長いものが飛び出していた。髪の毛?そう認識したとたんに、それは引き出しの中にしゅるっと引き込まれていった。真由は悲鳴をあげた。悲鳴に驚いて、まずは妹が、続いて母が部屋に駆けつけた。
「どうしたの?」
その問いに真由は、引き出しに髪の毛が、としか震えて言葉にできなかった。
「はあ?気持ち悪いこといわないでよ」
妹は心底嫌そうに顔をしかめた。
そんなわけないでしょう?と母親が引き出しを開けるとそこには何もなかった。
確かに髪の毛が、スルスルと入って行ったのだ。何かの見間違い、怖い怖いと思ってるからそんな幻覚を見るんだよと、まったく信じてもらえなかった。
きっとこれはいわくつきの物なんだ。真由はもうとてもその階段箪笥を使う気にはなれなかった。真由はその階段箪笥を処分することに決め、ネットオークションに売りにだした。運よく、買い手がついて、その箪笥を手放すことができた。
それから先は、その家では何も怪異は起こらなかった。それから数年後、高校生だった真由も大学に進学し、就職、職場で知り合った男性と結婚を前提に付き合うことになった。
親に会って欲しいと言われ、いよいよ結婚を意識した。真由は緊張したが、大きな旧家の割には、彼の母親はざっくばらんで親しみやすい性格のようですぐに打ち解けた。
「お茶をいれてくるわね」
と微笑みながら、襖を開けると、隣の部屋が見え、真由は愕然とした。あの階段箪笥だ。間違いない。真由の目が釘付けになっているのに気付くと彼の母親が言った。
ああ、これね、素敵でしょう?最近、ネットオークションで見つけた掘り出し物なの。お得なお値段で手に入れたのよと嬉しそうに笑った。
真由は引き出しから目が離せなくなった。
何故なら、その引き出しがすーっと開き始めて、中から指が一本ずつ出てきたからだ。
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