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やつらの情報(観察日記)
それから意識してトマトを観察するようになった。
日の光を浴びて、すくすくと育っていくトマト。
青から赤に色づいていく。
パンパンに膨らんだトマトたちは、ばあちゃんの手によってひとつひとつ収穫され、バケツに入れられた。
たんまりと入れられたトマト。
真っ青なバケツのなかの赤い命たちは、鋭い爪を隠しているように見える。
あの赤さは怒りの表れなのだろうか。
時限装置付きの爆弾が息をひそめているように感じた。
○月×日(△)
母さんの買い物に付き合わされてスーパーマーケットに行った。
箱詰めやパック詰めにされたトマト。
ばあちゃんが作るような大きまトマトだけじゃなくて、小さなものや先の尖ったもの、黄色いものもあった。
それら赤の国の住人たちがスーパーの一角を占拠していた。
彼らは、平然と澄ました顔をして並んでいた。
私たちに反抗の意思なんてありません、って顔。
幸いというかなんというか、わが家はトマトを買う必要がないため(畑で作ってるんだ)、彼らに近づくことなく買い物は済んだ。
○月△日(×)
夕方、のどが渇いたのでお茶を飲もうと台所に行ったとき、まな板の上にトマトが三つ並んでいた。
包丁をいれたとき、こいつらは爆発したりしないだろうか。
まさかそんなふうになるとは思っていないだろう母さんの目に、その種や汁を飛ばしたりしないだろうか。
はちきれんばかりの体を、そのときがくるまで息をひそめて押しとどめているように思われた。
その晩の食卓には、カプレーゼ、という料理が並べられた。
トマトたちは緑の血を流してぐったりと横たわっていた。
バジルソース、というものらしい。しょっぱくて、香草のいい匂いがして、美味しかった。
これでわが家のトマトはすべて収穫され、駆除されたことになる。
○月□日(☆)
給食で、プチトマトが一人につき二つずつ配られた。
昨日の今日でまたトマト……。
箸先から必死に逃げるトマトは、どこかのトマトの子どもたちなのだろうか。歯に触れ、プチッと音を立て、トマトは口のなかで弾けた。
誰かが掴み損ねたプチトマトが、ぽん、と放物線を描いた。
それに気づかずおかわりを目指して歩く足に、ぷち、と潰された。
白い上履きの底に赤い実と緑の汁がへばりついていた。
口内が少し苦く感じられた。ちょうど皮の部分だったのかもしれない。
重い荷物を持っての帰り道、用水沿いを歩いていたら、ヘビがトマトに体を巻きつけているのを目撃した。きっとどこかの畑でできたトマトが流れてきたのだろう。
ヘビとトマトを避けるように水はするすると流れていく。
まるで厄介事は他人事、とばっちりはごめんだとそそくさと逃げていくひとたちみたいだ。
あのヘビは大丈夫だろうか。
トマトを食べるはずが、逆に食べられてしまったりしないだろうか。
トマトを中心にとぐろを巻くヘビが、ほんとうは、尻尾のほうから食べられているんじゃないかってこわかった。
トマトは人間以外にも復讐するつもりなのか。
それとも、これも人間に辿り着くための一歩に過ぎないのか。
ヘビのことばかり考えていたぼくは失念していた。
夏のトマトの恐ろしさを。
ぼくを襲うのは、ばあちゃんが畑で作ったトマトだけじゃなかったんだ。
「ただいま~! かーさん、今日の晩ごはんなに~?」
男子中学生の胃を舐めてはいけない。午後からは授業がなく終業式だったものの、放課後に部活で体を動かせばお腹もすくというものである。
「おかえり。今日はね、生姜焼きと、さっき米森さんが届けてくださったトマトのサラダよ」
ぼくは脱ぎかけていたスニーカーにつまづいた。
生姜焼きは大好きだ。だけどそれよりも、昨日の晩ごはんでうちにあったトマトはすべて食べ切ったはずだった。
……まさかの伏兵。
このあたりは畑をしている家が多く、どこの家の台所もこの時期はトマトで溢れていた。……すっかり忘れていた。
台所に置かれた紙袋のなかには、これでもかという量の伏兵が潜んでいた。訂正。潜み切れていない。いくつかこぼれ落ちている。そしてもうひとつ訂正。この量は「伏兵」じゃない。一個師団を形成している。
ぼくの戦いは紙袋一袋分延長された。
夏休みの宿題との戦いもあるんだけどなあ……。
△月○日(□)
暑さがだんだんと引き始め、青く高い空を見上げる日も増えてきた。
夏休みも終わり、新学期が始まろうとしていた。
終業式の日に現れた伏兵改め一個師団は、援軍を呼び続け、結局夏休みいっぱい続いた。
米森さんちのトマトを消化したと思ったら、今度はお盆にやってきた親戚のおばさんたちが大量に持ってきたのだ。
各々の家の畑で丹精込めて育てたトマトを持ち寄って、「おたくのは色がいいわねえ」「おたくのこそ! 大ぶりで素敵だわあ」「ねえさんのは変わった形をしてるのね。なんて品種なの?」……品評会は他所でやってほしい。そして品評会をするにしても、うちに全部置いていかないでほしい。
なんなのだ、みんなトマトの脅威を知っているのではないか? それでみんなうちに寄越すんじゃないか? 自分たちだけ助かろうなんて、そんなの汚いぞ。
それとも、あいつらが米森さんやおばさんたちを操って、ぼくのところへ届けさせたのか? たとえ他所の生まれのトマトでも、同じトマト同士の絆やなんかがあって、許せないと思ったのだろうか。
消化したと思うと新たにやってくるトマトたちとの戦いは、正直、夏休みの宿題よりずっと大変だった。夏休みの宿題は途中で追加されたりしないからね……。
明日からは新学期で、学校に行かなきゃだけど、ぼくが家を留守しているにうちに、家をトマトに乗っ取られるのではないかと不安で、なかなか眠れなかった。
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