七日間の夏

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1 佳子の読書は中盤でつまずいていた。 未知なるに出会う読書も、出だしはいつもわくわくする。 周囲の雑音や、知らない単語が続いたり、想像できないシーンに出くわしたりすると、あっけなく醒めてしまった。 朝十時の読書。 早くから開いている近所の喫茶店に出かけていき、そこで読書をする。 感想をインターネット上に上げたりするが、あまり読まれていない。 十八歳になった佳子は、大学中退後、まだ定職に就いていなかった。 何か、自分じゃなきゃいけない仕事が、どこかにある。 そう思って、佳子は探していた。 本のなかに出てくる仕事、主人公や、登場人物たちが就いている仕事。 「どこかへ行ってみよう」 喫茶店を出ると猛烈な太陽の陽射しが佳子の肌にじっとりと汗を滲ませる。 クーラーとの温度差にめまいがするようだった。 翌日、佳子はさっそく、東京は新宿にある人材派遣の事務所に履歴書を持参していた。 求人情報を探し漁ったなかに見つけた「住み込み仲居」の募集だった。 今日からでも、どこかへ行きたい。遠くへ行ってみたいという気持ちだけが逸っていた。 まず、人材派遣事務所での登録を済ませ、紹介される幾つかの旅……仕事から行き先を決める。 佳子は迷った。 新潟、草津……。 温泉地として有名だから、佳子も昔、家族旅行で行っている。 目の前に並ぶ書類、温泉旅館の紹介。 「今、募集が多いんですよ」 派遣事務所のスタッフ男性が、幾つもの資料にマーカーでラインを引く。 募集期間、就労期間、条件……。 佳子は男性スタッフの指を追いながら、地名を見た。 四国、九州、沖縄……頭のなかに日本地図を広げる。 「わりかし近い場所だと、やっぱり新潟か草津、ですね」 佳子は草津の濁った黄色のような温泉を思い出す。 『卵が腐ったような匂い』というと、家族が『硫黄っていうの』と教えてくれた。 エピソードがあれこれと思い出された。 母が用意してくれた二万円は、給料から返すということで約束がついていた。 「じゃあ、草津にします」 佳子は男性に告げた。 仕事は短期で、一ヶ月間とのことだった。 本当は、短期バイトは二週間のはずだったが、 「可能でしたら9月10日まで、お仕事お願いします」 と言われた。 前回にその旅館に仕事で行った若い女性が、途中でリタイアしたという事情だった。 その子の分も、働いて欲しいということだった。
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