七日間の夏

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「あちらの旅館の番頭さんが出迎えてくれますから。駅を降りたらそのまま待ってみてください」 出発のチケットは立替になった。 業務終了時、給料と一緒に振り込んでくれると言った。 次の日、出発することになった。 乗り込んだ列車は平日の午前中で、空いていた。 進行方向を向いた座席に座ることが出来た。 窓の外を眺めていると、景色と一体化するような心地よさがあった。 木々が揺れている。森のように感じられるなかを、列車が駆けていく。 窓を開ける。手を差し出すと木の葉に触れることが出来た。 風に揺れ、柔らかに見える淡い色の葉も、触り心地はしっかりとしていて硬かった。 春の新芽、柔らかな生まれたての葉から、夏の暑さに耐え、秋になり枯れて落ちるまでの寿命を全うできるように、逞しい葉になるのだろうか。 渓谷の川を越えるとき、風がひやっと冷たくなった。 「小川佳子さんですね?」 待っていたのは旅館の法被を着た男性だった。 『番頭さんが出迎えてくれますから』 派遣事務所の男性の言葉を思い出す。 この人が番頭さんか。 佳子は初め、”番頭”という苗字なのかと勘違いしていた。 「旅館までお連れします。どうぞ」 番頭さんは佳子の荷物の入ったボストンバッグを受け取り、軽の車のトランクに詰めた。 そして運転席に乗り込んだ。 佳子は助手席に乗った。 「旅館までの道がちょっとややこしいんでね」 くしゃっとした人の良さそうな笑顔を見せる。 深い笑いジワが、客商売に就いている人の貫禄を感じさせた。 くねくねと入り組んだ道を行く。 「長旅でしたか?」 と訊かれた。佳子は「楽しい時間だったので、あまり気にならなかったです」と答えた。 番頭さんは「暑いですか? 窓を開けてもいいですよ」という。 佳子はくるくるとまわす手動の窓を久々に見た。 昔、祖父が乗っていた車がそうだった。 「どうして仲居をやろうと思ったんですか?」 番頭さんの言葉に、佳子は口ごもった。 どこかへ行ってみたかった、とか、自分に何が出来るのか知りたかったとか、 そういう内容はふさわしくないのか迷っていた。 曲がりくねった道が終わり、真っ直ぐの道を抜けるとすぐに温泉街に入った。 と同時に硫黄の強い匂いが、車内に充満した。 イヤではなかった。 車のデジタル時計を見ると、三十分ちょっとは走っていたようだ。 「到着です。ご苦労さまでした」
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