七日間の夏

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番頭さんは車を停めた。 大きくも小さくもないような旅館だった。 手入れのゆきとどいた庭。半分以上埋まった平たい石の上を歩く。湿った苔が石の周辺にびっちりと生えている。 玄関から入る。 靴を脱ぎ、ニスを塗られて反射しているたたきに上がる。 床も、ワックスがかけられた濃い色の木だった。 入ってすぐのところに、有名な日本の画家の絵が飾られていた。 大きな絵だった。 すぐに、女将さん、若女将、他の仲居さんを紹介された。 若い男性の番頭さんもいた。 そのまますぐに着物を着せられ、夕方からの業務に一緒に参加するように言われた。 それまで、仕事の流れを教わる。 旅疲れもあったが、佳子は気合を入れなおした。 布一枚で奥まった控え室で佇んでいると、佳子はぐらっとバランスを崩した。 誰かが佳子の背中を肘で小突いたのだ。 「邪魔なんよ、もっと端にいとき!」 しゃがれた声で佳子を注意したのは、背が高く、髪の短い中年女性だった。 佳子と同じ作業用の着物を着ているので、仲居さんだと分かった。 「あ、ごめんなさい」 佳子は二歩、三歩と横に動いた。 壁に極力近づいた。 「ガミちゃん、あんまり虐めると、また帰っちゃうよぉ」 髪を一つに括った、人相のいい女性が、ガミちゃんと呼ばれる仲居をなだめた。 この女性もまた、同じ着物を着ている仲居さんだった。 「関係ありゃせん。帰ったらえぇねん」 ガミは布の暖簾をのけて控え室から出ていった。 「あんま悪く思わないでよね。女将さんに言いつけたりしないほうがいいよぉ」 ひっつめ髪の仲居さんが言った。 佳子はうなずいた。 仲居さんは「よかった」と言って、髪をほどいた。長い黒髪は肩の下まであった。 そのまま鏡に向かって、ちょちょいと髪に椿油を撫で付けながら、 「あれぇ、ガミガミした声だからガミちゃんってあだ名なの。面白いでしょ。アタシだったら嫌だぁあんな声ぇ」 くすくすと笑って言った 佳子は鏡越しに、仲居さんの顔を見た。 白くてお餅のような肌で、下膨れの輪郭だった。 お喋りそうな上向きの唇と、お節介で好奇心旺盛そうな丸くくるくる動く目をしている。 前髪はひっつめてあり、富士額が露わになっていた。 あらかじめ年上だと決め付けていたが、あんがい、近い世代かも知れないと佳子は感じた。 東京のほうではなかなか見ないような、純朴さを残した少女かも知れない。
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